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なんで英語を勉強するの?
そう思わない子どもたちへ

子どもの世界には、もともと垣根なんてないのかもしれません。

徳島空港から車で南へ2時間ほど。太平洋に面した海陽町(かいようちょう)は、サーフィンの町として知られています。

訪ねたのは、町が運営する「かいようこども園」。

14時。ここから「英語イマージョンタイム」がはじまり、先生はずっと英語で話します。

絵本を読んだり、歌を唄ったり。日本語で子どもたちが話しても、先生は英語のまま。子どもたちはときどき、英語で返す。

教えられて言っているふうではなく、なんとなく意味がわかっていそうな顔で、自然と言葉が出ている感じ。

「伝えたい気持ちって、わかるんですよ。保育士は赤ちゃんが泣いているのを『何かを伝えている、自己表現なんだ』と読み取るところからはじまる仕事なので。子どもたちも、先生がなにか伝えようとしていることを感じて聞いている」

隣で見ていた、フェリシアこども短期大学学長の百瀬さんが教えてくれる。

今回募集するのは、ここで英語を用いた保育を担う保育士です。

雇用するのは、東京・町田でフェリシアこども短期大学やフェリシア幼稚園を運営する学校法人明泉学園。

来年の1月から3ヶ月、町田のフェリシア幼稚園で英語イマージョン保育を学んだのち、4月から3年間、かいようこども園へ出向。園での保育だけでなく、海陽町の地域活動にも関わってほしいそう。

英語を活かす保育は、都会でしかできないんじゃないか。そう思っていた人にこそ、読んでほしいです。

 

百瀬さんが学長を務める明泉学園は、1968年から幼児教育ひとすじに歩んできた学園。

2017年に短大で国際こども教育学科を立ち上げ、同じ年に付属の幼稚園で英語イマージョン保育をはじめた。

英語イマージョン保育とは、どういうものなんでしょう。

「“イマージョン”は浸る、という意味。英語を勉強するんじゃなくて、英語で学ぶ。英語はあくまで道具なんです。英会話教室ではなくて、普段の保育を英語でおこなう。だから、どんな園でも取り入れられるんです」

「文字も、ABCから順番には教えません。自分の名前を書きたい子がいたら、そこではじめてローマ字を教える。トランポリンで遊びたい子に、アルファベットを教えるよって言っても意味がないですから。一人ひとりの『今やりたい』に沿っていくことにこだわっています」

フェリシア幼稚園は町田にある園。

東京の学園が、なぜ徳島の海陽町と一緒に取り組むことになったのだろう。

「きっかけは仕事とかじゃないんです。最初は保護者として来たんですよ」

フェリシア幼稚園の英語イマージョン保育で育った長男が進んだ私立小学校。そのプログラムで、家族と一緒に海陽町を訪れたのがきっかけだった。

「自然が美しくて、人が素敵で。子どもが減っているなかでも、町が子どもをすごく大事にしているんです。教育長さんたちも、町長の掲げた目標をどう実現するか、本気で考えている」

海陽町は町長の方針で、グローバル教育に力を入れている。

この町と一緒になにかできないか。そこで百瀬さんが考えたのが、英語イマージョン保育という文脈ならつながれるかもしれない、ということ。そうして縁が結ばれ、2025年からかいようこども園で英語イマージョン保育がはじまることになった。

「かいようこども園は町の運営なので、金銭的な追加負担がなく、在園児みんなが英語の環境で保育を受けられる。保育士側の視点でも、英語を使う保育の仕事って、どうしても都会やインターナショナルスクールに集まりがちだけど、その専門性を活かせる場所が、自然豊かな地方にもある」

「ここで育った子が世界に羽ばたいて、また海陽町に戻ってくる。そんな循環をつくりたいと思っています。英語イマージョン保育を始めるとき、明泉学園の理事長は、目標は世界平和、と常に語っていました。世界中に友達がいれば、戦争はしたくないと誰もが思うはずなんですよね」

今回募集する保育士には、TOEICの点数のような英語力の基準は設けていない。

保育の専門性があり、そのなかで英語を使うことができればいい。たとえば留学やワーキングホリデーの経験があれば活かせると思う。

出向してからも、ひとりにはしない。フェリシアと、かいようこども園のイマージョンチームで月に一度、課題を振り返る機会をつくる予定だ。

また来年の4月からは、フェリシアでイマージョンを立ち上げた方が、かいようこども園に常駐することになっている。一緒に働きながら学べることも多いはず。

 

町はこの取り組みをどう見ているんだろう。

海陽町教育委員会で教育長を務めるのが、三浦さん。海陽町で生まれ育った方。

海陽町は、2006年に3つの町が合併して生まれた町。当時1万人を超えていた人口は、いまは8000人を切っている。子どもの数は、合併当時の4割ほどになった。

「都市部から遠くて、子どもたちが何かやりたいと思っても、近くに機会がありません。だから町長は、都会に負けない、海陽町だからこそできる教育環境をつくるとおっしゃっています」

町が重点を置くのは、グローバル教育とICT教育。ネイティブのスタッフを迎え、小学校では2022年度から英語を英語で学ぶオールイングリッシュの授業を始めた。中学校でも選択制で取り入れはじめている。

その流れのなかで、昨年、町の幼稚園と保育所がひとつになり、かいようこども園が生まれ、英語イマージョン保育を取り入れることになった。

「田舎の子どもたちは、自分の意見をパッと言うのが苦手なんですよ。私もここで生まれ育ったからよくわかる。素直な気持ちを言葉にできないんです」

全国学力・学習状況調査で、海陽町の子どもたちは自己肯定感を問う項目の数字が低かった。それが、グローバル教育を始めてから全国平均を上回るようになったそう。

「直接的な効果なのかは、はっきりとはわかりません。でも年齢が上がると、間違えたら恥ずかしいという気持ちが出てくる。こども園の子たちは、まだそのハードルが低いんです」

当初は職員側も戸惑っていたものの、百瀬学長をはじめフェリシアの方々が定期的に研修で訪れるなかで、だんだんと腑に落ちてきたところだそう。

また、新しく来る人には、地域の活動にも加わってほしい。町のグローバルチームと呼ばれる人たちは、お祭りに英語のブースを出したり、ハロウィンのイベントを開いたりしている。 まずはふらりと町の行事に参加してみるのもいいかもしれない。

「強制ではないです。でも町に出ていくと、名前を覚えてもらえる。それって、暮らしにおいても大切なことだと思うんですよね」

三浦さんは大学時代を東京で過ごし、海陽町に戻ってきた。

「干渉し合わない適度な距離感があって、集まるときはサッと集まる。その心地よい人の関係があるのが、海陽町のいいところかなと思います。海が綺麗で自然が豊か。気持ちいい場所ですよ」

 

続いて話を聞いたのが、町田にあるフェリシア幼稚園の園長、笛田さん。子どもたちからは「ふえぴー」と呼ばれている。

英語イマージョンが始まった2017年、笛田さんは年長クラスの担任だった。

「正直、マジかって(笑)。英語は一番苦手な分野だったんです。受験英語でつまずいて、ずっとコンプレックスがあって」

「でも外国人の先生がいる環境で働いていると、英語が自然と耳に入ってくるんですよ。それって自分への影響がすごく大きくて。苦手だったはずなのに、だんだん英語でコミュニケーションをとれるようになっていきました」

英語の取り組みがはじまって、子どもたちは変わりましたか。

「子どもは変わらないんです。変わったのは大人」

大人?

「肌の色とか目の色とか、見かけだけで外国人だ、と判断していたのは、大人の私たち。子どもにとっては、外国人だろうが英語を話そうが、園の先生であることに変わりはない。線を引いていたのは大人だったんだって、子どもたちを見ていて気づかされました」

笛田さんは4月から、イマージョン保育を専門としている山口さんを海陽町へ送り出すことになる。

送り出す園長として、どんな気持ちですか。

「送り出すっていうより、逆なんです。私がずっと、山口先生の背中を追いかけてきたので。保育の経験も、子どもに対する視点もすごく尊敬しています」

「海陽町は山口先生が輝ける場所だと思っていて。だからうれしい気持ちでいるんですよ」

 



山口さんは、世田谷区の公立保育園やオーストラリアの園で働いたのち、東京のインターナショナルスクールで17年間クラス担任を務めてきた。

「当時は、インターナショナルスクールだから英語ができるんでしょって、よく言われたんですよ。普通の園ではできないって。でもそうやって蓋をするのはあくまで大人なんです」

「英語は特別なものじゃない。言語は誰にとっても平等なツールなんです。大人が足踏みして、子どもの可能性を閉じてほしくない。その蓋を開けてくださったのが海陽町でした」

子どもたちが英語を使わないのは、生活のなかで使う必要がないから。じゃあ使う必要がある環境づくりをすれば、やらされるのではなく自然と身についていく。

「なんで英語を勉強しなきゃいけないのって思うのは、大人の発想。中学校で英語がはじまったとき、子どもたちにその発想自体を浮かばせないのが目標です」

新しく来る人とは、役割をどう分けるんでしょう。

「幼児教育はつくり上げていくものなので。その方の得意なことや想いを伺いながら、役割そのものも一緒につくっていけたらと思っています」

担当するのは、3歳から5歳の子どもたち。山口さんや外国人の先生とともに、英語を用いた保育を担っていく。

ここで、どんなことをしていきたいですか。

「幼児教育は特別な仕事だと思ってきました。でもそれが、地方創生にも役立つなんて思っていなかった。目からウロコでした。目の前の子どもたちだけじゃなく、四世代、七世代先の海陽町の子どもたちのために、今何ができるか。そんな希望を胸に働いていける人と一緒にやっていきたいですね」

山口さんがこの町でたのしみしているのは、阿波踊り。ぜひ身につけたいと意気込んでいる。

住まいは、町やフェリシアが一緒に探してくれる。あとは車の免許が必要。来てから取っても大丈夫。

最後に、学長の百瀬さんがこんなことを話してくれた。

「新しい保育にチャレンジしたい人にはぴったりだと思います。この園でのイマージョン保育はまだ2年目。いろいろな課題があるけれど、それをどう解決するか。海の町で、暮らしも味わいながら取り組める人がいいですね」

3年後は、そのまま海陽町に直接雇用されて働き続けることもできる。フェリシアがほかの地方の園と連携すれば、そこへ行く可能性だってある。

「海の次は山かもしれない。いろんな地方に行ける保育士っておもしろいですよね」

「保育士になったけど、長く働けなかった。でも本当は子どもが好き。そういう方に、保育士の新しい働き方として提案できたらいいなと思っています」

 

笛田さんは、海陽町を「地球の循環が、この町ひとつで見える場所」だと話していました。

雨が降って、川になり、海へ流れる。それがまた空に上がって、雨になる。

この町で育った子どもたちが、いつか世界へ出ていき、また戻ってくる。その循環のはじまりに、保育士として立ち会う仕事です。

子どもに枠がないのなら、大人だってきっと、これから枠を外せるはずです。

(2026/10/05 取材 稲本琢仙)

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