コラム

編集ってなんだろう?
3人の編集者と
9人の実践者たち

日本仕事百貨では、全国各地から求人掲載のご依頼をいただきます。

たとえそこが1日でたどり着けない離島であっても、真冬の雪化粧に覆われた山奥の村でも、必ず現地に足を運んで取材をするようにしています。インターネットに載っている情報からは計り知れない魅力が眠っていることもあるし、不便さや仕事の困難さ、職場やまちの雰囲気などは、顔を合わせてじっくりとお話を聞くなかで見えてくることが多いからです。

仕事の一環としてはじめた取材ですが、実は地域と関わる手段のひとつとして、とてもいいんじゃないか。そんなことを最近思うようになりました。

その土地に暮らすようになるまでのストーリーは、人それぞれです。たとえ初対面であっても、身近な人にも話さないような言葉がふと口をついて出たり、思わず深い話になったりして。そうした語りから、まちの歴史や新しい側面が見えてくることもあります。

たとえば、鳥取県大山町の農家さんを取材したこちらの記事。野菜の栄養素やつくり方について、農家さんに教えてもらうプロセスもおもしろいし、生産者同士の関わり合いや、豊かな土壌を育んだかつての噴火のことなど、まちの歴史や様相を紐解いていくのもたのしい。生い立ちからたどっていけば、話は仕事との向き合い方や人生哲学にまでも及び、広がっていく。

 

こんなふうに、取材を通してまちが身近になっていく体験を共有したいと思って、日本仕事百貨では昨年の10から12月にかけて「地域を編集するゼミ」というものを企画しました。

全3回の講座を通じて、インタビューやライティングを学び、実践。地域で活躍する方々のストーリーを記事に載せて伝える取り組みです。

舞台は茨城県日立市。ここ3年ほどご一緒している「茨城県北クリエイティブプロジェクト」の一環として開催しました。

▼プロジェクトの詳細や、ゼミを通じて完成したそれぞれの記事については、下記からお読みいただけます

>>記事一覧はこちら

このレポートでは、全3回のゼミを振り返り、その様子をお伝えするとともに、あらためて考えたことや見えてきたことなどを綴っていきたいと思います。

今まさにインタビューや編集に携わっている方、これから身につけていきたいと思っている方、地域の魅力を見つけて発信することに興味がある方は、ぜひ読んでみてください。

全3回のうち、初回は東京・清澄白河のリトルトーキョーで開催しました。

日本仕事百貨では、求人掲載のご依頼があった際、取材の日程調整にはじまり、インタビューや写真撮影、記事の制作や校正に至るまで、一人ひとりのスタッフが一貫して担当します。

こうした役割をなんと表現したらいいのか、自己紹介するときにいつも迷うのですが、ぼくたちは「編集者」と名乗ることが多いです。さまざまな情報を集めて並べ替え、必要に応じて足したり引いたりしながら伝える。そんな一連のプロセスを表すには、「編集」という言葉がもっとも近しいように思うからです。

雑誌や本などの紙媒体にはじまった「編集」は、映像や音楽、さらにはWebや空間など、幅広い文脈で語られるようになってきました。そこでゼミの第1回では、3名のゲストをお招きし、それぞれの取り組みを「編集」という視点から捉えてその可能性について語ったり、質問したりできる場を設けることにしました。

 

集まった30名ほどの受講生を前に、まずはゲストトークからスタート。1人目は株式会社COKAGE STUDIOの川島佳輔さんです。

2015年に地元である岩手県奥州市にUターンした川島さん。職種も経歴も異なるメンバー5人で、はじめて立ち上げたのはWebマガジン「OSHU LIFE」でした。

まちの情報を発信したり、人の集まる場づくりをしたり。地元を中心に、人とまちの接点を生み出していくと、あるとき「まちの冊子をつくれないか?」という相談が舞い込んだそうです。

デザインの経験もなければ、事務所もない。それでも「つくれます!」と返事をして、試行錯誤のすえに完成した冊子「ツギヒト」が岩手ADC賞を受賞。

これを機に、伝統産業である南部鉄器のメーカー「OIGEN」のブランディングや託児所併設のカフェ「Cafe & Living UCHIDA」の企画運営など、デザインを軸として多方面にその取り組みを広げてきました。

そのいずれにおいても、「編集」の視点は活きてくると川島さんは言います。

「グラフィックや空間、情報を届けるSNSやスタッフの毎日の働き方も、すべてに編集が必要で。ぼくは編集って、料理みたいなものかなと思っています」

―― 料理、ですか。

「ぼくはカフェでは、皿洗いぐらいしかやらせてもらえないんですけど(笑)。どうしたらお客さんは喜ぶか?って考えて、相手に合わせて食材や調理法を変えて出し分けていく。その姿勢は飲食も、デザインも、共通しているんですよね」

自分のアウトプットのお客さんは誰で、どうしたらその人たちに届くのか。そうした発想はマーケティング的と言えるかもしれません。

ただ、川島さんの話を聞いていると、どうやらそういう感じでもなさそう。子どもを預けるなら安心を一番に考えたいし、託児所の閉鎖的な雰囲気もオープンにしていきたい。そんな親としての想いから「Cafe & Living UCHIDA」が生まれたり。新しい空間をつくっていく一方で、地域では建築物が取り壊されていることに着目し、内装の至るところに廃材を使ったり。

「お客さん」のなかには、かなりの割合で「自分たち」が含まれているような気もします。

それに、さまざまな条件や要素について、あまり価値判断をしていない感じもする。ともすると、地域の「課題」や「魅力」といった色づけをしがちですけど、並列にならべて扱っている感じが“料理”に近いのかな、と思いました。

「そうかもしれないですね。ネガティブに捉えられがちなこととか、当たり前になっていることのなかにも、自分たちのフィルターを通してみると新鮮な発見はあって。その土地や企業のストーリーだったり、“らしさ”を見つけて伝えることは大切にしていると思います」

最終的なアウトプットの形や見た目のかっこよさも、何かを生み出すときに考える要素のひとつです。手にとろう、触れてみようと思うきっかけになるので、その形や見た目を整えるのも編集の一環と言えるかもしれません。

ただ川島さんは、その過程や素材そのものをよく見ることをこそ、大切にしているのだと感じました。“そもそも”を出発点に発想することで、できあがるもののオリジナリティは自然と築かれていく。無意識のうちに身についた慣れや小手先のテクニックに走っていないか、自分を省みながらお話を聞く時間でした。

 

続く2人目のゲストは山本梓さん。

全日空の機内誌「翼の王国」や雑誌「ソトコト」の編集部にアシスタントとして潜り込み、編集者としての道を歩んできた“丁稚奉公タイプ”と自らを語ります。

「わりとなんでもやらせてもらえる会社だったので、インタビューもライティングもします。書くこと以外にも、全国11カ所の知り合いから日本酒を取り寄せてイベントをやったり、スナックのチーママになったり。いろんな経験が今につながっていると思います」

2016年にソトコトの編集部を卒業して、独立。

旅や本をテーマにした場づくりや執筆のほか、認知症になっても暮らしやすいまちづくりを目指す「RUN伴(らんとも)」や、障害のある人たちの“内から生まれる表現”を社会へとつないでいく「アールブリュット」など、福祉領域に関わる機会も増えてきたそう。

1人目の川島さんと同じく、山本さんの取り組みも多岐にわたっているように見えます。

「いろいろやって欲張りじゃない?って思われるかもしれないですけど、一応テーマがあって。わたしにとってはぜんぶ、世界と社会をつなぐことなんです」

―― 世界と社会をつなぐ…。それって、どういうことですか?

「社会っていうのは、人だけが所属しているもの。一方で世界は、人間を含んだ動物や植物もそうだし、わたしの好きな水木しげる先生の描く妖怪とか宇宙とか、そういうものを含みます」

「今ニュースとかを観ていても、社会っていう枠組みにとらわれて息苦しくなってる状況って多いんじゃないかと思っていて。だからわたしは、外に広がっている世界を、社会に取り込むみたいな。ちょっと抽象的ですけど、そんなイメージで編集っていうものを考えています」

編集って、もしかしたら2つのことを同時にやっているのかもしれない。山本さんの話を受けて、そんなことを考えました。

ひとつは、ある事象やテーマがわかりやすく伝わるように、焦点を絞ること。仮に人の一生を丸ごとおさめた映画があったとして、観終えるには同じく一生分の時間がかかるわけです。それは極端すぎる例だとしても、限られた時間のなかで何か伝えるためには、焦点を絞ることが必要になります。

時間軸の一部をかいつまんでつないだり、ある視点からの感情や風景を描写したり。こうした意味合いのほうが、一般的な「編集」のイメージと近いかもしれません。

そしてもうひとつが、橋渡しすること。

テーマを決めれば、光の当たらない陰の部分が生まれるし、専門性が高まると知識や経験のない人には伝わらない。焦点を絞るということは、ある意味で届く人を限定するということです。

わかる人にわかればいい、という考え方もひとつですが、少しでも多くの人に届けたいと思ったら、橋を架ける必要があります。たとえば、普遍的なテーマや身近な切り口から伝えるということもひとつ。あるいは、専門用語を使わないことや、漢字とひらがな、横文字などの見た目のバランスをとることによって実現することもあると思います。

生み出したものが、少しでも広く深く、届くように。一見矛盾するようなことを成り立たせていくのも、編集のひとつの役割かもしれません。

 

そして最後に話を聞いたのは、中岡祐介さん。

茨城県ひたちなか市に生まれ、TSUTAYAなどを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブに勤めたあと、出版社「三輪舎」をひとりで設立。

本の著者や校正者、印刷会社や本屋など、それぞれの立場から本づくりに携わる人たちのエッセイを一冊にまとめた「本を贈る」、インドの出版社・タラブックスから出版された「つなみ」「ロンドン・ジャングルブック」の日本語版など、時間をかけてじっくりと本をつくってきました。

事務所を構えているのは、妙蓮寺にある「石堂書店」の2階。全国的にまちの本屋さんが消えていくなか、“文化のインフラ”として残り続けていくようにと、石堂書店の向かいの空き家を使った読書会や展示なども企画運営しています。

編集の対象として、もっとも原初的なもののように思える、本。これを扱ってきた中岡さんは、編集についてどんな考えを持っているのか、尋ねました。

「出版の過程で“編集”っていう作業はたぶんやっているんでしょうけど、“編集”そのものを意識して、こういう“編集”がいいよねとか、こうしたらどうだろう?っていうことは、あまり考えないですね。編集という言葉にはこだわらないし、こだわりたくないなって」

編集それ自体は意識しないし、こだわらない。ちょっと意外な応えに戸惑いつつ、続けて話を聞きます。

「たとえば、日本語に訳されてない、インドの素晴らしい本がある。この感動をSNSに書くだけでは納得できないし、自分のところだけで留めておいてはいけないっていう想いがあるわけです。そのときに、ぼくは本が自分の伝えたいことを伝えるのに一番適したツールだなと思って、本づくりをしています」

素晴らしい人に出会ってしまった、素晴らしいことを聞いてしまった。何かを伝えたいと思うとき、おおもとにあるのは、そんな感動や衝撃です。

それをどんな形で、どう伝えるのかはケースバイケースだし、決まった方法論もない。だから、編集について一貫して考えてきたことはないと中岡さんは言います。

「今回のゼミの参加者のなかには、ものを書きたい、冊子をつくりたい、Webマガジンをつくりたいっていう方がいると思うんですけど。ぼくはすぐさまつくったほうがいいと思います、本当に」

「何かを届けたい、伝えたいって思ったら、とりあえずつくってみる。自分に何が足りないかっていうことは、自ずと見えてくるんですよ」

少し話は逸れますが、ぼくは編集を「山のなかでいい道を見つける」ようなことだと考えています。出会った人の言葉や目にした風景、そこで生じた感動や考えたこと。あらゆる体験の詰まったものが山だとして、その頂へと向かっていく案内役が編集者です。

真っ白なパソコンの画面を前に「何か書こう」とする感覚と、山にポツンとひとり放り出される感覚はきっと似ていて、はじめは不安になります。そして、最短ルートで山頂を目指したくなる。頂上からの絶景に早くたどり着きたい!という気持ちも、あるかもしれません。

でも、そういった最短ルートの情報は、インターネットで調べればいくらでも出てきます。自分の手足を動かし、ときに失敗や回り道をしながら、自分なりにいいと思う通り道を見いだすことこそ、編集者に求められる役割だと思っています。

山に親しんだ人が生物の痕跡を見つけ、自然の脅威と恵みを見分けながら常に正しい方角へと進んでいけるのは、ただの勘ではありません。かといって、辞書や方位磁針に頼っているわけでもない。

日々山を歩いてきた体験にもとづく嗅覚のようなものが働いているんじゃないか。その嗅覚を編集者に置き換えて、どのように磨かれていくのかと想像すると、よい文章や空間に触れることはもちろん、いろんな人に出会い、さまざまな体験をすることが必要に思えてきます。

そして中岡さんの言葉を借りれば、「とりあえずつくってみる」こと。そうすれば、「何が足りないかは、自ずと見えてくる」。

そう考えると、地域には可能性があるかもしれません。多くの人は知らないストーリーや、その地に根づいてきた文化、眠っている魅力がまだまだ存在するからです。

すでにたくさんの人が登っていて、名ガイドもいる山を案内するのはハードルが高い。けれど、地域にはまだほとんど足跡のつけられていない豊かな山がある。その魅力を伝える意義はあるし、これから編集を仕事にしていきたい人にとってはいいチャレンジの場になるんじゃないか、と思いました。

 

トークのあとは3グループに分かれ、これまでの話を受けて考えたことや感想を共有する質疑応答の時間。ゲストは30分ごとに各グループを回りながら、一つひとつの質問に応えていきます。

屋上へと繰り出すグループもありました。

とくに多かったのは、実際のインタビューや記事作成へと活かしていくためにはどうしたらいいか?という実践的な質問。冒頭のトークを通じて、さまざまな事例に触れることで視野は広がったものの、どう具体的な行動に活かしていけばいいかがわからない、という声も多く聞かれました。たしかに、「まずやってみる」にしても何か糸口があるとはじめやすいですよね。

グループごとの対話を踏まえたクロストークの時間に、この話題を3名のゲストに投げかけてみました。すると川島さんから、こんな話が。

「ある農家さんからチラシをつくってほしいって相談がきて。『川島くんに頼んだらいくらかかるの?』って聞かれて、うまく答えられなかったんですよね」

悩む川島さんを前に、農家さんは「野菜だったらいっぱいあるんだけどな…」とポロリ。ここで川島さんはひらめいたそう。

「じゃあ野菜と交換しましょう!って言って。それから毎年チラシをつくる代わりに、とれたての野菜の定期便をもらっているんです。もう3年になるかな」

「実はそのとき、カフェのまかないを充実させたいねって話してたんですよ。ぼくらは新鮮な野菜を安く手に入れたい。農家さんも、チラシをできるだけ安くつくってほしい。お金の発生しない形で、お互いのニーズがちょうど噛み合って。それってすごくいい経験だったなって思うんです」

あまり実績のないうちは、そもそも自分のアウトプットに価格をつけるのも難しい。でも、対価を野菜に置き換えると、目に見える量としてインパクトもあるし、農家さんも喜んでくれて、何より記憶に残る。

だから、お金を介さないやりとりからはじめてみるといいんじゃないか。そんな提案をしてくれました。

山本さんも、似たような経験があるみたい。仲良くなった人たちのいる地域を旅しながら、出張チーママとしてイベントもやりつつ、そこでの出会いがまた新たな仕事につながって…。旅なのか仕事なのか、曖昧なところから関係が立ち上がっては、また次へとつながっていく。

そんなことを何度も繰り返しているうちに、自分の立ち位置や大切にしたいことも見えてくる。

「それは大げさなことじゃなくて、“そよ風を吹かす”ようなもので。たとえば今日、わたしのつけてるバッチを何人かの方がほめてくれたんですけど、うれしいじゃないですか。地域の人も同じですよね。この野菜おいしいねとか、あそこから見える景色がきれいだねって、ほめられたらうれしい」

お金は尺度のひとつであって、ものごとの価値そのものではない。その視点に立ったとき、これまでの3名のお話がすっと腑に落ちてきました。

もちろん、編集プロダクションやWebメディアの編集者となって、はじめから“仕事”の対価としてお金を得ながら力をつけていく方法もあります。ただ、そもそも編集のはじまりに、お金は関係のないもの。

その土地の風景や食、出会った人の言葉、受け継がれてきた伝統や文化、何気ない日々の営み。これらの、値段のつけられていないものごとに触れた感動や心の動きに、どのように応えよう…? そうやって試行錯誤する過程が編集であり、何をどう返すかは本当に自由なんだと思います。

チラシをデザインする、野菜を贈る、文章を綴る、本にする。これらのすべてを、中岡さんは「ギフト」と表現します。

「じゃあ地域にとってのギフトって何かと考えたときに、自分が普段の生活でほしいなと思うものを形にしていくことだと思うんです」

それは、「本屋がほしいから自分ではじめよう」ということには限らないといいます。

「たとえばまちの本屋さんで、好きな本をリクエストするんです。そうすると、だんだん自分好みの本棚になっていく。あるいはパン屋で好きなパンを買うとか。消費行動でもいいから、積極的にまちに関わっていくと、少しずつ居心地がよくなる。それが地域を編集するってことなのかもしれないですよね」

 

なんだか、いつまでも続けられそうなトークの時間。けれどもひとまず区切りをつけて、懇親会へと移行することに。

日立市の銘酒「富久心」をおともに、話も弾みます。

こうして、第1回の講座は企画した自分たちの想像を大きく超え、さまざまな方向へと広がっていきました。懇親会でも、整理しきれなかったことや、もやっと残った感覚について話してくださる方が多かったように思います。

その日のうちにすぐ活かせるようなことより、参加した方それぞれのなかに深く根を張って残り続けるようなことを大事にしよう。これは、ゼミの企画当初から考えていたことのひとつでした。

テクニックやコツありきでものごとに向き合おうとすると、たとえその一回はうまくいっても、そこから先につながらないという実体験を持っているからです。どう書いても偉そうになってしまって迷うのですが、あとは実際に自分でインタビューや記事作成に取り組んでもらうなかでしか、わからないことがあります。だからこそ、第2回、第3回のフィールドワークと実践がますます楽しみになりました。

 

そんなリトルトーキョーでの初回講座から1ヶ月後の11月頭。ゼミの第2回はフィールドワークを行ないました。

東京・清澄白河からマイクロバスに乗って、日立市を目指します。初回のゲストのうち、茨城県出身の中岡さんにも同行していただき、地域のことを知りながらより実践的に編集を学ぶ機会です。

参加者は、少し絞られて12名。うち3名は聴講生、9名は実習生として、第3回のフィールドワークでインタビューから記事作成までの一通りを実践してもらうことになっています。

日立駅前に到着して、まずは地域で親しまれている大衆店「味どころ あかま」で腹ごしらえ。食後は「茨城移住計画」の菅原広豊さんに案内していただきつつ、まちを歩いて巡ります。

地元にUターンして起業した和田昂憲さんの珈琲店「Tadaima Coffee」を訪ねたり、シャッター商店街で新たに芽吹きつつある取り組みを知ったり、かつて鉱山のまちとして栄えた痕跡をたどったり。その土地をよく知る人とともに歩くと、何気なく通り過ぎてしまう景色のなかにいろんな発見があっておもしろい。

駅前エリアをぐるっと回ったあとで、今度はお隣の常陸多賀駅へ。こちらの駅前には、元商店と元歯科医院の建物を活用したシェアオフィスが整備されており、そのうち後者の一角にあるスペース「KAZAMIDORI」にお邪魔しました。

ここであらためてオリエンテーション。菅原さんから茨城県北地域のことを教えてもらいつつ、ショートインタビューの実践を交えて、第1回の講座で見聞きしたことを各自の身体に落とし込んでいきます。

さらにゲストの中岡さんには、インタビューのデモンストレーションもしていただきました。お相手は、このスペース「KAZAMIDORI」を運営されているインクデザイン合同会社代表の鈴木潤さん。

観衆のいる状態でのインタビューという、慣れない環境のなかではありましたが、とくに下調べの内容をどう活かしながらインタビューを組み立てていくかという点で、見る人にも得るものの多い時間でした。お話の内容は、ゼミ生の書いた記事にまとまっていますので、気になる方はぜひ読んでみてください。

夜は地域で活躍する方々も交えた懇親会。一部のメンバーは三次会までたっぷりと話し込み、ディープに日立を味わいました。

 

翌朝。今度は日本仕事百貨編集長の中川によるインタビューからはじまります。お話を聞いたのは、学生インターンシップのコーディネートや地域企業の採用支援などに取り組む株式会社えぽっく代表の若松佑樹さんです。

昨年からオーナーとして経営を引き継いだイタリア料理店「ベイカナーズ」の一角をお借りして、インタビューしました。

お話を聞く際には、レコーダーを回しておいてメモをとらないのが日本仕事百貨のスタイル。話し手の仕草や体勢、表情の細かな変化や間のとり方など、文字としての記録には残らない情報を感じながら、リアルタイムに反応していくことを大切にしているためです。

それから、あらかじめ質問項目を用意するようなこともありません。すると話し手の側も、前々から考えて準備していたようなことだけでなく、そのときその場で考えたことを語ってくれるようになる。あっちへ行ったりこっちへ来たり、時系列も内容についても、自然と蛇行しながら進んでいくインタビューになります。

ひと区切りがついたところで、受講生から「あとで記事にするときのことを考えて不安になることはないですか?」と質問がありました。

たしかに、不安がないわけではないですし、インタビュー時間に制約がある場合もあります。ただ、一問一答のやりとりはなるべく避けたい。それならば対面で話す必要はないからです。せっかく同じ場、同じ時間を共有するなら、今・ここにいる「わたし」と「あなた」という関係でしか話せないことを話してほしい。

あとはもう、編集する自分を信じてあげるしかないのだと思います。

インタビューの余韻を残したまま、ランチタイムに突入。ベイカナーズ自慢のパスタやピザをみんなでいただきました。

午後はまた「KAZAMIDORI」に移動して、2日間の振り返りを。そして、第3回の実践に向けたガイダンスも行ないました。日立で活躍する9名のインタビュー対象の方をご紹介して、担当を決めていきます。

取材や撮影、記事作成に至るまで、一人ひとりの編集者がすべて担当するのが日本仕事百貨のスタイルと、冒頭に書きました。第3回は、同じプロセスを実習生一人ひとりに体験してもらいます。

自分が担当することになった方はどんな人なのか。1ヶ月後の実践に向けて、それぞれにインタビューの企画を立ててもらい、準備を進めました。

 

そして迎えた第3回。「KAZAMIDORI」に集合して簡単なオリエンテーションを済ませたあとは、いよいよインタビューの実践です。

受講生3名に対して、日本仕事百貨のスタッフ1名、茨城県の職員の方1名が帯同するグループを3つつくり、それぞれにレンタカーで移動します。

山奥の鍛冶屋さんの工房にお邪魔したり、海辺の料亭を訪ねたり。インタビューの様子については、ここでは深く言及しません。ぜひ、実習生の書いた記事を読んでみてください。

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土地の雰囲気、それぞれのストーリー、描く未来像。読みながらあれこれと考えたくなるような、読み応えのあるコンテンツになったと思います。

さて、全3回のゼミは幕を閉じました。振り返っている自分自身も、書いているうちにさまざまなことを思い出して、ついつい長文を綴ってしまいました。

受講生たちはその後、SNSを通じてインタビューした方と連絡をとったり、再び日立を訪ねたりと、ゆるやかなつながりを持ち続けているようです。

ずっと眠らせていたブログを再開させた人もいれば、本屋をはじめようとしている人もいます。なかには「勤めている会社で、さっそく2名の社員インタビューと記事作成を担当した」と連絡をくれた人もいました。

編集ってなんだろう?と、今あらためて問いを立ててみると、「いい道を見つける」ことに加えてもうひとつ、見えてきた答えがあります。それは、「関わりしろを増やす」ことです。

記事を読んで、少しまちが好きになる。登場する人に会いたくなる。同じ風景を見たくなる。たとえそれが地元のまちであっても、新たな発見もあるでしょうし、より愛着が深まることだってあると思います。

インターネットが発達して、遠くのことまでよく知れるようになりました。時間をかければ、実際に世界中の国々を訪ねることもできます。一方で、情報にあふれすぎていて、身近に転がるおもしろさに気づきにくくなっている、とも言えます。

本でもお店でも、映像でも。いい編集物は、人を動かします。まちのことやそこに暮らす人たちのことを、ただ伝えるだけではなくて、出会いたい、旅したいと思わせる。

今回のゼミ生のみなさんと一緒に心を込めて編集した記事一つひとつが、読者のみなさんと日立との関わりしろとなることを願っています。

(中川晃輔)

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