コラム

しごとをつくる合宿
ー北茨城編ー
イベントレポート 前編

大学4年生の就職活動のとき、なんとなく感じていたモヤモヤはなんだったのだろう。

日本仕事百貨で働きはじめてからも、あの感覚をときどき思い返します。

最近思っているのは、モヤモヤの正体は“選択肢が限られていること”にあるんじゃないか、ということです。世の中にはこんなにもいろんな生き方、働き方があるんだよと、当時の自分に教えてあげることができたなら、漠然とした不安はもう少し晴れていたかもしれません。

とはいえ、実際の仕事って、用意された選択肢から選べるようなことはほとんどないのが現実。たくさんの人と仕事が集まる東京ならまだしも、過疎化の進む地域ではなおのこと。

「地元に帰っても働きたい場所がない」「移り住んでもやりたい仕事がない」といった声をたびたび耳にします。

選択肢がないときは、どうすればいいか?

答えはシンプルに、“つくる”ということだと思います。

そこで企画したのが、「しごとをつくる合宿」です。

“自分で仕事をつくることに興味がある”“いつかは地元に帰って何かをはじめたい”という人たちとともに、2泊3日のワークショップを実施。グループごとにまちを歩き、人に出会い、語り合うなかで事業プランをつくり、最終日には地域の事業者さんや自治体のみなさんに向けたプレゼンテーションを行うというもの。

すでにある仕事に就くだけでなく、しごとをつくる。もしそれが可能になったら、暮らしの選択肢はグッと広がるかもしれません。

このコラムでは、2018年の11/9〜11と11/23〜25の2回、茨城県北茨城市で開催した「しごとをつくる合宿 −北茨城編−」の模様をお届けします。

自分の今の生き方や働き方を見つめながら、一緒に旅するようなつもりで読んでもらえたらうれしいです。

 

朝晩の寒さが際立つようになってきた、11月。北茨城市の主要駅である磯原駅の待合室へ、少しずつ人が集まってくる。

フリーランスのコピーライター、デザイナー、理学療法士、都内の家を引き払って無拠点生活をしている人、会社経営者など。個性豊かな総勢12名が、今回の合宿の参加メンバーだ。(第1回が4人、第2回が8人という割合)

「おはようございます!よろしくお願いします」

さっそくレンタカーで「期待場」へ。

駅から20分ほどで到着する期待場は、2016年に廃校となった旧富士ヶ丘小学校を再活用したシェアアートスペース。教室を丸ごと工房に使えたり、電気窯も備えていたりと、ものづくりにはうってつけの環境が整っている。

現在は地域おこし協力隊やアーティストの方が5名入居していて、まだ空室もあるという。体育館を活用したギャラリーには、米米CLUBのボーカルでアーティストとしての顔も持つ石井竜也さんの作品が展示してある。

校内を少し見て回ったあと、理科室でオリエンテーション。

昼食を食べたら、市内に2つある港のうち大津港へ。ここで競りを見学させていただく。

広々とした四角い空間の中央あたりに、人だかりができている。ただ、いわゆる「競り」のイメージとは異なり、静かに、淡々と値段がつけられていく。北茨城の名物であるあんこうも、何匹か水揚げされているようだ。

テキパキと樽を引っ張って運ぶ周囲の女性たちは、漁師の奥さま方だろうか。独特の緊張感に、背筋が伸びる。

ちなみに第2回は祝日とかぶり大津港がお休みだったため、もう片方の港である平潟港で競りを見学させてもらった。こちらは大津港と比べて規模は小さく、ゆるっとしたオープンな雰囲気。

「昔は足の踏み場もないぐらい、一面に樽が並んでたんだよ。獲れる魚種も量も、だいぶ減ったね」

普段は別の仕事をしながら、ときどき家業を手伝っているという、仲買人さんのひとりがそう教えてくれた。「小さいころからよく手伝わされた」という皮肉な口ぶりにも、懐かしさがにじみ出る。

衰退しつつあっても、漁業はこのまちを支えてきた誇りのひとつなのだろう。

今度は陶芸工房「土の夢」へ。

米農家であり、陶芸作家でもある菊地秀利さん・美恵さんご夫妻を訪ねた。

ここは美恵さんの実家で、お父さまの介護をきっかけに当時住んでいた北海道から移り住んだ。もうすぐ20年になるという。

農業と陶芸に加えて、以前はカフェも営んでいた菊地ご夫妻。ひとりあたり2個のおにぎりプレートでもてなしてくれた。

遅めに食べたお昼を少し悔いつつ、おいしくいただく。

食べながら、途中ではたと気付いた。この器から、お米、付け合わせのお漬物まで、すべて菊地さんたちがつくったものだ…!

「茨城県北のお米ってね、ちゃんとつくるとおいしいんですよ」と秀利さん。一方で、この近辺で農業を営む人たちの平均年齢は65歳を超えているという。

すべて手づくりの食卓、農業の課題。このあたりに“しごと”のタネは見つけられないか。そんなことを思いながら工房をあとにした。

その後は大津港駅前の空き物件を訪ねるも、日の入りが早く、暗いなかでの見学となってしまった。

そこで第2回は、ルートを変更。天心記念五浦美術館を訪ねるグループと、秋季限定でライトアップされる花園神社を訪ねるグループに分かれて行動することに。

宿泊先の民宿「篠はら別館」に到着するころには、あたりはもう真っ暗。眼前に平潟港を望む立地で、湾の向こう岸には福島県小名浜の灯りが点々と見える。

鍋と舟盛りを囲み、1日を振り返りながらみんなでつつく。

緊張もすっかりほぐれて、プライベートな話も弾む。いろんな背景を持った人が参加していることをしみじみ感じるような夜だった。

翌朝。あれほどいっぱいだったお腹は、一晩寝ると空いているから不思議だ。テーブルいっぱいに並んだ食事をいただいて出発。

午前は、あんこうの宿「まるみつ旅館」代表の武士能久(たけし よしひさ)さんに案内いただく。もともと宿の体育館だった建物を改装した「てんごころ」では、きんつばや大福などのお菓子の製造・販売に加え、地元の陶芸作家による焼き物も展示・販売している。

続いてとらふぐの養殖プラントを見学。武士さんは、東西の高級魚であるふぐとあんこうを掛け合わせて、新しい名物料理をつくりたいと考えているそう。

(後日談として、12/2に開催された鍋-1グランプリで、昨年のあんこう鍋に続き北茨城とらふぐ汁でまるみつ旅館が2連覇を果たしている)

「夏の集客が課題なんです」と武士さん。

7〜8月は底引き網漁が禁漁のため、あんこうがとれない。夏場はかつて海水浴客や夏休みの合宿などで賑わっていたが、これらの需要も大幅に減っているという。

そこで武士さんは、「あんこう研究所」を開設。あん肝ラーメンやあんこうバーガー、あん肝パスタなど、今までにないあんこう料理を考えたり、あんこうのコラーゲンで入浴剤や畑の肥料をつくってみたりと、通年であんこうを活かせないかと実験を繰り返している。

「美容のことだったらやっぱり女性のアイデアがほしいですし、持続可能な漁業の形として、これからもっといろんな魚種を養殖で育てていきたい。やりたいことはまだまだあります」

武士さんと一緒にしごとをつくれたら楽しそうだな。きっと大変だろうけど。

その後、再び期待場へ。お話を聞いたのは、北茨城を拠点に活動するタイダイアーティストの大森健史(おおもり たけふみ)さん。

タイダイは絞り染めを意味する言葉で、壁には色とりどりの作品がかかっている。

「山の上のほうの古民家を自宅兼アトリエにしているんですが、外で大きな作品を干していると、地域の方が声をかけてくださる。北茨城にはアーティストの方も多いですし、そういった方々との交流は、個人的にはいい刺激になっていますね」

「これいいいなあ」と言って、その場で小物やストールを買う人も。ぼくもついつい、バッグを買ってしまった。

大森さんとともに、今度はさらに内陸へ。

海辺から車で25分ぐらいの距離だろうか。あたりは山に囲まれて、すっかり雰囲気が変わった。海と山、異なる景観が近い距離にあることも北茨城の魅力のひとつなのかもしれない。

車が到着したのは、赤い屋根が特徴的な古民家のそば。ここは「ARIGATEE」という名前のギャラリーアトリエで、地域おこし協力隊でアーティストとして活動する石渡のりおさんと奥さまのちふみさんが運営している。

中庭に集まっているのは、この地区のみなさん。ごはんと総菜や漬物、豚汁でもてなしてくれた。

結婚を機にアート活動をはじめ、40歳を目前に退職。スペイン、イタリア、ザンビア、エジプト、モロッコの5カ国を旅して回ったあと、日本に戻って夫婦共作で平面から立体までさまざまな作品をつくってきた石渡さん。

北茨城には「自分で使い分けられるちょうどいい距離感」があるという。

「本当に行きたければ、都内の展示や人に会いに行くことはできるし、誘惑も少ない。周りに流されずにやりたいことをやりやすい環境だと思います」

石渡さんの創作の核となっているのは、「生きる芸術」という考え方。その土地にあるものを活かすことで、日々の暮らしそのものが芸術になっていく。

作品のなかには、北茨城の景観をモチーフにしたものも多い。

「自分の好きな場所をデフォルメして描いていて。見た人も『これあそこでしょ?』って言ってくれて、そこからコミュニケーションがはじまるんです」

帰り際に、味噌と梅干しをどっさりいただく。地域の名物おばあちゃん、スミちゃんが「また来てよ」と大きな声で笑い、送り出してくれた。

お金じゃなく、食べ物やアートを通じて心を交わす。そんな時間がここにはある気がする。

さて、ここからは各自で事業プランを練る時間。これまでに見たもの、出会った人の言葉、このまちの課題など印象に残ったことや感じたことをポストイットに書き、貼り出してみる。

遠くから眺めたり、グルーピングしたり。必要に応じて、もう一度フィールドワークに繰り出す人も。

夕方には中間発表を行い、フィードバック。少しずつしごとの形が見えてきた。

夜はお待ちかね、まるみつ旅館に宿泊。

チェックインすると、すぐに夕飯の時間がやってきた。豪華な刺身の盛り合わせももちろん迫力があるけれど、なんといっても目玉はあんこう鍋だ。

締めはモッツァレラチーズとトマトを合わせたリゾット(第2回はあん肝パスタ)で、驚くほどよく合う。実際に食べてみると、さらにいろんなアイデアが広がっていくように感じた。

温泉からあがったら、もう一度自分たちの事業プランと向き合う。

誰と、どこで、どんなふうにはじめられるか。そのしごとは、北茨城に何をもたらすのか。

そして何より、自分を主語にして考えられるかどうか。自らお金を出してでも、やりたいと思えることなのか。

夜遅くまで、作業を続けるグループもあった。

いよいよ最終日。この合宿を通じてどんな事業プランが生まれたのか、後編でお伝えします。

(中川晃輔)

>>後編を読む

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