コラム

移り住む人たち
– 高松編 2018 – 後編
移住で人見知りが起業する?

前編に引き続き、今回も高松に移住した方のお話です。

実際に移住した人たちは、どんなふうに暮らしているのだろう。その背中を押したものは一体何だったのだろう。

香川県・高松市を訪ね、お話を聞いてきました。


▼ まずは高松のことを知りたい!という方は、こちらを読んでみてください。




今回話を聞いたのは、企業を退職して離れていた地元に戻り、未経験で不動産屋をはじめた片山さんです。




高松の市街地から、ことでんに揺られること約20分。仏生山(ぶっしょうざん)駅に到着すると、片山さんが車で迎えにきてくれていた。

馴染みのカフェに移動するため車に乗り込むと、走るたびにかちゃかちゃ、とガラスが擦れるような音がする。

「実は明日、仏生山のまちのお祭りがあるんです。僕はビールやラムネを売る露店を出す予定で。商品を買い込んできたところです」

そんな話を聞きながら、車は細い道をすり抜けていく。古い商店や町家がところどころ残っていて、高松の市街地とはまた違った雰囲気。

「ここは、お寺とともに栄えたまちなんです」

浄土真宗の開祖、親鸞の師匠として知られる法然上人が香川県に流罪となり、この地に居を移した。

のちに高松市では、彼を偲ぶ「法然寺」が建立され、歴代藩主の菩提寺としても祀られてきた。

「高松のお城から法然寺までの通りは、仏生山街道といって藩主がお参りするための道なんです。その道沿いに門前町ができたっていう感じですね。みんな心のどこかに、ここはお寺の町だという思いがある。だからかな、なんとなく落ち着いているんですよね。心の拠り所がある感じというか」

「こういう話は、地元の人たちから少しずつ教えてもらったんです」と話す片山さんは、このまちで不動産さんを営んでいる。

この道を選ぶまでには紆余曲折があったそう。

出身は、東かがわ市。大学卒業後、徳島のIT会社に就職し、プログラマーとして働いていた。

「僕の生まれたまちは東の端すぎて、高松より徳島のほうが近いっていう(笑)。徳島に住んだときも地元の近くだったので、なんかよそに行ったような感覚はなく。生まれてから40年くらいは、実家のまわりにいたような感じだったんです」

ところが、勤めていた会社は徳島から東京へと拠点を移すことに。もちろん片山さんにも東京転勤の打診がきた。

「もうすぐ40歳だったので、果たしてこの歳から僕も家族も東京に適応できるんだろうかと。上の子は年長さんで、下の子が生まれたばかりでした」

「奥さんと一緒に『この子たちと東京で暮らす選択肢はあるかな?』って相談して。でも答えはあっさり二人とも『ないよね』でした」

ならば、1年だけ東京に単身赴任をして、その後地元に戻って仕事を探そう。

そう決めた片山さんは、期限付きの東京生活をとことん満喫しようと考えた。

「田舎ではサッカーや野球、ライブを観に行くのが大変なので、この機会にたくさん行きました。あと一人では寂しいので、仲間を探して高円寺によく行っていました」

なぜ高円寺なんですか?

「阿波踊りの仲間ができるかもしれないと思って。そしたらいい感じの連に入れてもらって、帰る直前まで楽しく踊って呑んでいましたね」

自身が望んだというよりも、なかば強制的に始まった東京生活。けれど実際に東京で暮らしてみて、気づいたことがあったという。

「想像でなんとなくわかったつもりになっていても、実際に出てみたら、自分の肌で感じたことってたくさんあって。たとえば東京の人混みの雰囲気とか、満員電車はこんな感じとか」

「地方と東京の二つの視点を持ってはじめて、自分がどんなまちに住みたいのかっていうのを、より豊かに考えられるようになったんです。それで東京から高松に戻ったあと、僕はまちづくりの活動に参加するんだけど、たぶんずっと一つの地域にいたらやろうと思わなかったと思うんです」

当初の宣言通り、1年弱で退職し香川のシステム会社に移った片山さん。まちの雰囲気が気に入って、ゆかりのなかった仏生山に移り住む。

「最初は知り合いがまったくいないので、ちょっと寂しいぞと思って。ここでも、仲間を求めてまちづくりの集まりに参加したんです。呼ばれてないけど、飛び入り参加で」

「こいつは誰だ?っていう冷たい視線を浴びるかと思いきや、このまちではすごく受け入れてもらえたんです。ここでどんなことをやってみたいか、みんなが意見を言い合っていて、僕の提案にも、『好きにやったら?』ではなくて『いいね、一緒にやろうよ』と言ってくれた」

まちの人たちに背中を押されて、片山さんはベンチづくりのワークショップを開催。

子どもたちが木に触れる経験や、家族でものをつくる機会が減っていると感じて企画したのだそう。

木は法然寺さんから提供してもらったもの。地元の大工さんに教えてもらいながら、親子でのこぎりを使って木を切り、釘を打つ。

最後にベンチの裏側に自分の名前を書いたかまぼこ板を貼る。

完成したベンチはまちのあちこちに休憩用として置かれ、みんなに利用されるようになった。

「子どもは木に触れられて楽しいし、お父さんもかっこいいところを見せられる。大工さんの仕事を間近で見られるし、婦人会がうどんを煮てくれたり、お菓子を手作りしてくれたり。そうしてできたものをみんなが使ってくれる。それってなんかいいよねって」

「自分が動くことで、みんな楽しい、みんなうれしいみたいな連鎖が起きたらいいなって」

その後もさまざまな集まりに顔を出すうちに、刺激的な出会いがたくさん生まれた。まちで古民家のカフェを経営しながらまちづくりに関わる人、温泉の番台をしながら設計士としても働く人。

そんな人たちとの出会いが、思わぬ展開につながっていく。

背景にあるのは、空き家問題。全国で耳にする空き家問題は、仏生山も例外ではなく、商店はあるものの全盛期の賑わいは失われてしまった。

まちの人たちと関わるうちに、自然とこのまちの状況をなんとかしたい、と考えはじめた片山さん。

「そしたら、不動産屋さんになってみたら?と声をかけてくれた人がいたんです」

あれ?でも片山さん、不動産の仕事に関わった経験はないですよね。

「ないです、ないです。そもそも資格も持っていないし。でも、じゃあとりあえず資格とってみようかなと思って宅建をとったんですよ」

すごい。すぐに資格を取っちゃったんですね。

「でも、決断が早かったわけじゃないんですよ。資格を取ってから、1年半はそのまま寝かせていました。不動産屋さんをやるにはどうしたらいいのか、業界の人に聞いたらサラリーマンと両立はできないと言われてしまったので、決心がなかなかつかなくて」

「だけど、サラリーマンじゃなくて、自分で自分の生活をちゃんとまわしていけるような仕事をしたらどうだ、とまわりの人からつっつかれて。じゃあやってみようかなと(笑)」

それでこれまでの仕事を辞めて、不動産屋さんに転身!

不安じゃなかったですか。

「いや、今でも不安ですよ。収入もまだ安定しているわけじゃないし。不動産会社の仕組みは一応学んでいるけど、最初はこの書類のどこにハンコを押せばいいんだ?みたいなことからわからなくて」

物件の仕入れからお客さんの開拓。すべてを少しずつ手探りで始めているところ。取材の前日、初めての契約が決まったそうだ。

どうしてこんなふうに動き出せるんだろう?

片山さんにとっては「仲間」というのが大きなキーワードな気がする。

「ぼくは人見知りなんだけど、寂しがりやなので。やりたいと思ったら協力してくれる人がいて、喜んでもらえて。だからまた次に自分ができることを考える。そうやっているうちに、仕事やめてもいいかなって思えちゃう(笑)」

思えちゃう。まわりの人との関わり合いが原動力になって、いい循環が生まれているんですね。

「そうなんですよ。そういう関わり合いをしていると、自分も楽しいし、心からやりたいと思えるんです」

このあと、片山さんが管理する物件を見せてもらうことに。

現在入居者を募集しているというこの物件は、40年以上仏生山の駅前で地域の人たちに愛された、喫茶店だった場所。

当時の様子が想像できるくらい、キッチンも細かな細工が施された照明も、そのままに残っている。

「いい場所でしょう。ここに新しい価値観が入ったら、やりようによっては新しいかたちでお店を復活できるかもしれない。いい人を紹介できればなと思っています」

そういうお店が、まちの中に増えていったら素敵だなと思います。

「そうですよね。でも、このまちや商店街をお店でいっぱいにしてやろうとか、そんな大それたことは考えていないんです。もちろん自分にできることはやりたいと思うけど、結局このまちの未来をぼくがどうこうできるわけはないので。まちの未来はこのまちのひとのもの」

「ただ、まちの人たちに新しい選択肢を示せるくらいの力はつけたいなと思いますね。いや別にいいよって言われたらそれでいいし、面白いねって思ってもらえたら今より少しまちが楽しくなるし」

自分にできることを、少しずつ。

「そうそう。僕には飛び抜けた才能はないけど、自分にできることでやっていこうかなという感じです。全然肩に力入っていないし、この先不動産屋さんだけをやるつもりもないというか」

「DIYとか家族で畑をやったりとか、まずは自分で自分の身の回りのことをできるひとになっていけたら。そうしてまわりのひとも助けてあげられたらいいなぁと思いますね」

片山さんは試行錯誤しながらも一歩を踏み出したところ。

まちづくりには関わっていながらも、まちを大きく変えようとするのではなく、まずは自分がしっかり生きようという想いを強く感じました。

自分の目の前のものを大切に生きていけば、おのずとまちもよくなっていく。地域に根をはるということは、こういうことからはじまるのかもしれません。

いきなり大きなことに挑戦しなくても、まずは少しずつでいい。なんだか背中を押されるような想いになりました。

(並木 仁美)

前編はこちらから



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