関口さんのお話

小学校の敷地の中にある平屋。ここに住んでいるのが関口さん。6年前に島へ移住してきた方だ。

仕事は島の周回道路を整備するというもの。小学校の隣の家にお邪魔して、話を伺った。

中村:
関口さんは、この島出身ですか?

関口:
そうではないです。群馬県。

中村:
ここに来られたのは、いつごろなんですか?

関口:
6年前です。

中村:
きっかけはあったのですか?

関口:
妻と子供がいるんですけど、二人が病気になって、それで療養で島を探して。インターネットで検索して探したんです。で、最終的にここに決まったっていう。簡単にいうと、そんな感じなんです。

中村:
最初は。それでもいくつか選択肢はあったのですか。

関口:
まだそのときは、ほとんど離島に関心のある時代じゃなかったんですね。6年前はまだ。

中村:
それは世の中が、ということですか。

関口:
そうですね。まだ不況という風はなかったので。「なんでそんなところに行くのか」というような、そんな時代でしたね。私たちはとにかく、療養のためにということで、人が少ないところ。それに自分は群馬県、家内は長野県出身で海がない県だったので、できれば海があったほうがいいっていう、漠然とした思いがありました。それで、離島が良いんじゃないかっていうので、ホームページで島民募集が掲載されているのを見たんです。ほかにも奄美かどこかもあったんですけど、よそのところは、「この島に来たら、畑をあげます」とか、「家付きです」とか、そういうニュアンスが結構出てたんですよ。どちらかというと、自分でやりたいほうなので(笑)。

中村:
自分でやりたい?

関口:
ハングリー精神というか。行ったら何かあげます、というのは重荷になっちゃうので。全くそういうのがないところが良いと思いました。で、結局ここが、島民募集とありながら、「自分でなんとかしなさい」というような内容だったんですよ。

中村:
募集しているのに、自分でなんとかする。

関口:
そうです。それを見て、すごく自分のなかに響いて。じゃあということで、口永良部に連絡をして。話をしたら「とにかく一回見にきなさい」っていうことで、仕事を休んで下見に来たんです。ここに来る半年前ですね。

中村:
事前に下見はできたんですね。

関口:
えぇ、下見には家族で。二泊三日ですかね。ちょうどたまたま屋久島町の議員の方が来られていて、その人の案内でした。それでこの町営住宅がちょうど空いてたんですね。

中村:
ここは町営住宅なんですね。

関口:
はい。

中村:
そうですよね。小学校のなかにあるような、不思議な建物。

関口:
そうです。で、ここも定住促進住宅といって、要するに県外から来て、お試し期間で七年間いれるんです。

中村:
あ、でも、もうすぐで7年ですね。

関口:
はい。もう1年ない…。なので、いま、家を建ててるところです。

中村:
どのへんに建ててらっしゃるんですか?

関口:
夕景(貴舩森さんの経営する宿)の近くで。登りきって左側にトラクタがありますよ。なんか、パーッと一瞬開けるところです。山の水が出てるから分かると思います。家の工事は、基礎が終わって、これからキザミっていって加工してるところなんですよ。

中村:
キザミ…?あぁ、柱を加工して穴を開けて、カパッとはめる…。

関口:
そうです、そうです。

中村:
あぁ、じゃあ、いまはそうやって、上棟に向けて…。

関口:
そうですそうです、準備をしているところですね。こっちに来て1年目は、ホントに何も分からず、仕事はちょうど、町の委託で林道の草を刈る仕事をしています。草といっても、ほとんど竹なんですけど。竹を刈って片づけるっていう仕事が、ちょうど、前やってた方が、「もう、とても、やってられない」ということで(笑)。キツイ仕事なんです。やっぱり、長くて5年ですかね、短くて2年か3年で、だいたい辞めてしまう。私はもう、6年やってるんです。そういう仕事もあるし、住むところも整ってたので、すぐに移住は決めました。

中村:
不安とかはなかったですか?

関口:
それよりも、家族の身体のほうが心配でした。

中村:
仰る通りだと思いますけど… まったくなかった?

関口:
不安はまったくない。

中村:
脳裏に少しかすめるくらいは…。

関口:
それは少しありましたけどね。

中村:
どんなことでした?実際住んでみないと分からないことも多いでしょうから…。

関口:
そうですね、もちろん、島民のみなさんとうまくやっていけるかどうかっていうのが、いちばんの不安だったかもしれませんね。

中村:
それはいまあらためて振り返るとどうですか?

関口:
まったく、この島は問題なかったですね。というのは、自分の知り合いが、ある島に移り住んだことがあって。自分もその引っ越しを手伝ったり、実際にその島にも行ったことあるんです。ただ、その方は1年で島民とトラブルを起こして、引っ越してしまった。そういう島の難しさを聞いてましたんで、うまくやっていけるかという不安は多少あったんですね。実際まぁ、来てみたら、ホント、すごくみなさん親切で。もちろん自分たちも島のために一生懸命やろうっていう感じです。気に入られようとはしてなかったんですけど、とにかく、いろんな島のことについては従って。あまり自分を出さずに、とにかく色んなことをやってやろうって。で、だんだん…。受け入れるし、島民の方も1年すぎれば、「あ、この人は安全だ」ってなる(笑)。そうすると色んな役割とか、そういう責任を負わせるんです。人数も少ないもんですから。

中村:
どんなものがあるんですか。

関口:
島には行事が色々あるんです。沢山あって。

中村:
さっきも聞いたんですけど、体育祭があるみたいですね。

関口:
そうですね。あとそれだけじゃなくて、文化的なお祭りとか、会合が色々あります。委員会などが沢山あって。「今日は何の集まりだろ?」っていう感じです。とにかくはじめは分からないんですよ。それでだいたい、1年いると、1年間のスケジュールというのが、だいたい分かる。「じゃあ、2年目からは、今度はこうしよう」っていう準備ができるので。だから2年目すごくラクなんですね。それで、2年目に、島の人と飲んで話をしてるときに、「この家は7年経ったら出なきゃいけないんだ」という話をしたら、「じゃあ、土地を見つけてやる」というような話になって。そしたら翌日には(笑)。

中村:
次の日に!?

関口:
次の日に。夕方来て。「どうした?」って言ったら、「お前に良い話がある。ついて来い」って言って、土地を見に行ったんですね。

中村:
早いですね。

関口:
その方の同級生が鹿児島に出て、土地があるという話を持ち込んできて。最終的には、その方とは電話でやりとりしました。顔知らないんですよ(笑)。それだけで話がまとまって。それで、いまの土地を、一ヶ月しないうちに契約もしました。ただ、実際にこの島で、土地を手に入れるっていうのは大変だって、前に聞いてたので。まして、余所者が来てすぐ土地買うなんていうことは、あり得ないんですよ。だから「『ここにまだいろ』ってことかな」って思って。それは受け止めて、土地は購入しました。じゃあ家を建てようか、ということになった。

中村:
もともとはどんな状態だったのですか?

関口:
更地じゃなくて、杉林だったんですよ。まずはそれを全部伐採して、根を掘って、整地して。で、いまやっと基礎まで来てるんです。

中村:
なるほど!工期として、はじめてからどれくらい経ったんですか?

関口:
えっと、去年の5月にいまの基礎は…。基礎だけで1年かかって。もうちゃんとした布基礎をコンクリートで…。

中村:
ご自分で?

関口:
もちろん、そうです。だから時間かかるんですよ。セメント練るところからです。