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「香道では、香りを嗅ぐことを『聞く』と表現するんです」
香雅堂の代表・山田悠介さんが教えてくれたのは、日本で伝統的に嗜まれてきた“香道”のこと。
香道は、茶道や華道と並び、室町時代に誕生した日本三大芸道のひとつです。
香りのもとになるのは、天然の香木。小さな欠片を炭と灰で焚くと、そこから微かな香りが生まれる。
「香木の香りって本当に繊細なんです。それを聞くとき、僕は香りとすごく親密な関係にあるような感じがして、内緒話を聞いているような気がするんです」
香雅堂は、伝統的な香道にまつわるものに加え、お線香やにおい袋など、日常に馴染み深い香りの商品も取り扱っています。
ほかにも香道の体験教室を開いたり、化粧品やお酒、ゲームとコラボレーションした商品を開発したり。
香りの愉しみ方を、さまざまな形で提案しているお店です。
ここで、ゼネラリストとして幅広く業務に携わる人を募集します。
東京・麻布十番。
駅を出てすぐ目に入るのは、賑やかな商店街。そこから少し外れた通りに、ひっそりと建つ「麻布 香雅堂」を見つけた。
扉を開けて中に入ると、いい香りに包まれる。
お店の2階でまずお話を聞くのは、代表の悠介さん。
お父さんが立ち上げた香雅堂に8年前に入社し、現在は妻の真理子さんと一緒に経営をしている。
「もともと父は、江戸寛政年間から続く京都の香木店の生まれです。そちらは父のお兄さんが継いで、父は東京で1983年にこのお店を開きました」
伝統ある家の生まれにもかかわらず、悠介さんは意外にも香道を習ってこなかったそう。
「もちろん、いつも家の中でお香の香りはしていました。でも、正式なお稽古はまったくしてきませんでしたし、日本の伝統文化にとりわけ興味があったわけでもなくて。新卒ではIT系の一般企業に就職しました」
「働きはじめてから、家の仕事を客観的に見て衝撃を受けて。『手で伝票書いてるの!?やばー!』みたいな(笑)。最初は両親の助けになればと思って、IT面を手伝いはじめたんです」
そのうちに真理子さんと出会い、結婚。本格的にお店の仕事を手伝うようになり、自然と跡を継ぐことになった。
「僕も真理子も、お店に入ってから香道を学びました。香りそのものは好きですけど、長年親しんできた方には到底及びません。逆に、幼いころから染み込んだ先入観のようなものもないから、第三者的な目線を持てるようにも感じていて」
「東京っていう場所とも相性がよかったのかな」
香道をはじめとする、芸道の本場は京都。東京で同じようにやろうとしても京都の老舗には敵わない。
そのぶん東京は、新しいことにチャレンジしやすい、風通しの良さが魅力。香雅堂は、さまざまな新しい取り組みを続けてきた。
最近悠介さんが挑戦したのは、カクテルの香りの監修。茶室でバーを開くという試みをしている、茶道のお家元の先生からの相談だった。
「その方は香道もとてもお好きなので、香木の代表的な香り6種類を、お酒で表現したいとのことでした。お酒の香りそのものを生かして、いくつものリキュールを混ぜたり、アクセントに日本酒を入れてみたりすることで、香りを表現しました」
ほかにも、現代の生活に溶け込む香道具の販売や化粧品の香りの調合、暦や故事をモチーフにしたお香が毎月の定期便で届く”OKO LIFE”など。
伝統的な香道も大切にしながら、新たなジャンルに積極的に取り組む、唯一無二のブランドになりつつある。
「新しいことに挑戦する理由は2つあるなと思っていて。ひとつは、どの芸道も伝統文化も、歴史のどこかで必ず斬新な取り組みをしているんです。生き残るために、その時代に合ったことをしてきている。そういう必然性はあるのかなと感じています」
「もうひとつは、僕たちの単純な好奇心ですね」
好奇心。
「良くも悪くも、僕らはお香の世界にどっぷり浸かっていない。だからこそ先入観で判断せずに、どんなことでも自分たちの目で見て、実感してみたいっていう気持ちがあるんです」
異なる分野と交わることで、まったく知らなかった世界を見ることができる。そこから新しい香りの可能性に気づくことも多い。
「自分たちの視野が広がっていくことが単純に楽しくて。さまざまな方と仕事をしてフィードバックを得ることで、成長していけるのかなと思います」
前例のない相談を受けても、自分たちがやってみたいと思うことなら、楽しみながら取り組んできたんだろうなと思う。
そうやってさまざまな挑戦をしていると、やるべき仕事も必然的に増えていく。
悠介さんの妻であり、副社長の真理子さんもこんなふうに話す。
「お香の世界で働くって、ゆったり平和そうに見えるかもしれないけれど、実は結構忙しくて。私も手伝いはじめたときは驚きました。小さい会社なので、本当にマルチタスクなんです」
お店での接客に加え、膨大にあるのが事務作業。
電話やFAXでの受注対応から、仕入れ先のメーカーへの発注、商品の梱包・発送など、さまざまな商品について同時並行で行う。ほかにも、イベントの準備や片付け、SNSでの広報など…。具体的にどんな業務があるのか尋ねると、いくらでも例が出てくる。
だからこそ、一つひとつ着実に覚えてもらい、いずれは幅広い仕事を担えるゼネラリストを育てたいと考えている。
「残業はしないし、有休もすべて使う会社です。それはゆったり働けるという意味ではなくて、限られた時間内で、すごく効率的に働く必要があるってことなんです。そういう厳しさはあるかなと思います」
仕事をするなかで、働く人はどんなことを大切にしたらいいでしょう?
「業務のなかには、地道な作業や繰り返しも多くて。たとえば毎年同じ時期に、何百個も商品を包装することもあります」
「そういう仕事でも、一つひとつに、向上心を持って取り組んでほしいなと思います。少しでもうまくできるように工夫したり、『私生活でも活かせるな』と興味を持ったり。働く人にはいつも自分を高めようとしてほしいし、私たちもそうありたいなと思っています」
ここからは、スタッフのお二人にも話を聞いてみる。
まずは、着物姿が印象的な酒井さん。ハキハキとした話しぶりから、日々の仕事も手際よく進めているんだろうなと感じる。
「これは趣味で着ているんですよ。お店の雰囲気に合うかなあと思って、週に1、2回は着物で出勤しています」
以前は、銀行で働いていた酒井さん。20年近く茶道を習っていて、もともと日本文化にも馴染みがあった。
「お茶のお稽古のなかで、香道に少し触れたこともありました。面白いなあと思って、香道の体験教室や、お香のワークショップに参加するうちに、仕事にできたらいいなと思いはじめて。そのころ、香雅堂のことも知りました」
働きはじめて6年。お店の業務全般を、長年にわたり中心となって担当してきた。今は店舗責任者を担いながら、体験教室やイベントの企画にも関わっている。
「二代目になってから、若いお客さまがだいぶ増えてきましたよ」
なかには、「何度も前を通ってはいたけれど、なかなか入れなかった」と話す人も多いそう。
「やっぱり敷居は高く見えるようで、恐る恐る入ってこられる。そういうとき、緊張を和らげられるような、親しみのある雰囲気が出せたらいいなと思っています」
もちろん、お店の上品さを保つ振る舞いも大切。茶道や香道の先生も訪れるから、相手に合わせて柔軟な接し方ができるといい。
「香りの仕事って、本当に素敵だと思います。和の香りのなかで働けるってすごく特別ですし、仕事の後に友だちと会うと、いい香りがすると言ってもらえる。職場もアットホームでみなさん優しいですし、とても幸せに働けているなと思います」
「とはいっても、夢は持ちすぎないでいただきたいかな。大きな会社に比べたら設備面は十分ではありませんし。事務所もすっごく狭くて、はじめて自分の席を見たときは、『このスペースで仕事をするの!?』ってびっくりしました(笑)」
今は、改装をしたので以前よりはだいぶ良くなったと笑う酒井さん。
「それを持ってしても、あまりある良さのある職場だってことは言っておきたいですね。ふふふ」
最後にお話を聞いたのは、入社1年目の松本さん。前回の日本仕事百貨の記事をきっかけに働きはじめた方。
新しく入る人は、松本さんから仕事を教わっていくことになる。
「大学院で日本美術史を研究していました。香雅堂は、伝統的な香道の文化を尊重しつつ、すごく現代的な部分もあるなと感じて。伝統文化を守りながら、その文化が変化していく様子も見られる仕事なのかなって思ったんです」
当時は大学院在学中。応募条件の“社会人経験3年以上”は満たしていなかった。
「『学生でも応募していいですか』とダメ元でメールを送ったら、いいですよって返信をいただけて。まだ会ったこともなかったのに、柔軟に対応していただけて本当にありがたくて」
最初の1年は、勉強期間。酒井さんから仕事を教わり、頼まれた業務を行うなかで、お店やお香のことを学んでいく。
「入って意外だったのは、あまりのんびりしていられないってことですかね。お店自体は静かですけど、裏では結構バタバタしていて。時間内に終われるように、仕事の進め方を毎日自分の中で組み立てています」
黙々と作業をするのが好きで、事務仕事は苦にならないという松本さん。
研究していた分野とも近いから、自然と興味も深まっている。
「耳にしたことのあった香道具に実際に触れられたり、香木の鑑定やカットの過程を見られたりするのは、すごく貴重だなと感じます。ただ、香道の作法はまったく知らないまま入社したので、お客さまと会話をしていると、まだまだ勉強不足だなって痛感します」
「香りを言語化するって、すごく難しいんですよ」
電話で、あるお線香について「どんな香りですか」と尋ねられたとき。シナモンや白檀など、使われている香料の種類は言えても、相手がそもそもの香りを知らなければ伝わらない。
お店を訪れるお客さんにも、ほしい香りが明確に決まっていない人もいる。人によって「いい香り」は異なるから、少しずつ質問をしながら、糸をたぐり寄せるように好みの香りを探していく。
香雅堂のなかで過ごしながら、一つひとつの仕事に真剣に取り組むことが、香りの仕事に携わる基礎をつくっていくんだと思う。
取材を終えて、遠くに感じていた香りの世界をもっと知ってみたいと思うようになりました。
香雅堂のみなさんの親しみやすい雰囲気が、こんなふうに香りに興味を持つ人を増やしてきたのかもしれません。
時代に合う形で香りを捉え、その世界を広げてきた香雅堂。
その柔軟なあり方が、これからも香りと人を結びつけていくのだと思います。
(2018/11/9取材 増田早紀)