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大空の真下、パッチワークのような丘があたり一面に広がる。
北海道らしい雄大な景色が広がるまち、美瑛町(びえいちょう)が今回の舞台です。
トマトやアスパラガス、コーンにジャガイモ、麦にメロン。多種多様な農作物が育つこの町で、今年も農家さんを手伝うヘルパーの募集が始まりました。
期間は、今年の4月おわりもしくは7月から、10月頃にかけて。トマトやアスパラを中心に、農作物の収穫や手入れを手伝います。
春夏秋冬、ここでしか見られない景色を目当てに、世界中から観光客がやってくる町です。今年で12年目となるヘルパー募集でも、毎年経験を問わず、さまざまな人が全国から集まっています。
7月、麦やトマトの収穫が最盛期を迎える美瑛町を訪れました。
北海道のほぼ真ん中に位置する美瑛町。
最寄りの旭川空港に近づくと、窓から広大な大地が見えてきた。飛行機内のあちこちから歓声が聞こえてくる。
空港からは、JAびえいのみなさんと一緒に車で美瑛町へ。
町は、空港から車で15分ほどの場所にある。道路沿いの畑には、黄金色の麦や、青々とした野菜の葉が一面に広がっている。窓をあけると、気持ちのいい風が入り込んできた。
「美瑛の景色は、パッチワークの丘と呼ばれているんです。今は麦刈りの季節で、秋に種をまいた麦を大型の機械で収穫しています」
「アスパラの収穫はもう一段落して、今は麦やトマトが収穫の真っ最中です。8月に入ったらジャガイモやスイートコーンの収穫が始まって、秋はビートやゆり根だね」
道中教えてくれたのは、JAびえいの職員・井原さんと、ヘルパーの雇用主である美瑛通運の常務・山岸さん。
町内の1万1600ヘクタールの広大な農地では、小麦や豆、米にくわえて、アスパラ、トマト、ジャガイモ、かぼちゃ、タマネギなど、北海道で収穫できるほぼすべての作物が育てられている。
これらの農作物は高く評価されていて、レストランやブーランジェリー、食品メーカーなど全国から引き合いがあるそう。新千歳空港の名物のコーンパンも、美瑛の食材からつくられている。
十勝岳連峰からそそぐ雪どけ水に、昼夜で寒暖差が大きい気候。地元の牧場と農家さんが協力した堆肥づくりや、植物を肥料にする緑肥づくり。
この町の環境と、農家さんたちの努力が、おいしい作物として実っている。
農作物を育てるのは、およそ400軒の農家さん。農業シーズンには、どこの家からも人手が足りないという相談が寄せられるそう。
そこでJAびえいと美瑛通運は、2013年から農作業を手伝うヘルパーを募集している。身のまわりのものだけ持ってくればすぐに農作業を始められる仕組みで、毎年全国から応募があるそう。
「今年は19名のヘルパーさんが来てくれました。雑誌の編集や動画制作、パティシエなど前職もさまざまです。心機一転、農業をやってみたいという方もいますし、農作業が性に合ったのでまた働きたいというリピーターの方もいます」
「ヘルパーさんには、アスパラやトマトを中心に収穫や手入れを手伝ってもらっています。未経験の方でも、農家さんに積極的に質問してやり方を習得されていて。農業経験がなくても、ここで頑張りたいと思ってくれる方であれば、ぜひ来ていただきたいです」
そう話す井原さんは、自身も農作業ヘルパー出身。今はこの事業の担当者として、採用から期間終了までヘルパーのみなさんをサポートしている。
「やる気がある人なら大丈夫」と話すのは、事業立ち上げ当初からヘルパーに携わっている美瑛通運の山岸さん。
「やっぱり農作業は足腰も疲れるし、寒さや暑さも厳しいものがあります。でも本当に楽しんでいる人は、それすらも新鮮でおもしろいって言ってくれるんですよね。やりたいという気持ちだけがあればいいと思うんです」
午後3時、農家の谷口さんのお宅へ。
外は日差しが強く、数分歩いただけで汗が流れてくる。
谷口さん一家とヘルパーのみなさんは、14棟並ぶビニールハウスを端からまわり、収穫したばかりの大玉トマトをトラックに詰め込んでいる真っ最中。
1ケースはおよそ10kgで、試しに持つとずっしり重く、腰を使わないと持ち上げられない。みなさんを見ると、バケツリレーのように分担しながら黙々と積み込んでいる。
作業が一段落したタイミングで、谷口さん親子に話を聞かせてもらう。
「昨晩から、今日はかなりの数が収穫できるんじゃないかと話していたんです。今日は175ケースで、昨日より50ケースくらい増えたかな。最盛期は、1日300ケースは出ますよ」
美瑛町で農業を営んできた谷口さん一家。現在は5.5ヘクタールの農地で、トマトと米、ハスカップを育てている。
「うちは2018年から毎年ヘルパーさんに来てもらっていて、今年で6代目です。楽しいですよ、全国から来てくれてにぎやかで」
「今までうちに来てくれた人は、シーズンが終わった後もつながりがありますね。この前も、初代ヘルパーさんが遊びに来てくれました」
谷口さんの家では、春から初夏にかけてポットで育てた苗をハウスに植え替えるところから、秋に収穫しきるまで、ヘルパーのみなさんに一通り経験してもらうようにしているそう。
「最初から全部経験してもらうと、後の作業がすごくスムーズにできるようになるんですよ。トマトの成長を見ているのと見ていないのとでは、作業の伝わり方も作業効率も倍くらい違うんですよね」
ちょっと見てみますか、とハウスの中を案内してくれた。
「トマトは、花が隠れないように、花の反対方向に幹が伸びていく植物です。それを知らずに誤った方向に幹を曲げると、折れちゃうんです。でも正しい方向に幹を向けてみてください」
本当だ、柔らかくしなります。
「そうなんです。正しい方向を知っていると、手入れをするときに誤って幹を折ってしまうこともなくなるんですよ。たくさん生えている葉も、3枚ごとにトマトの花が咲くことを知っていれば、どの葉を摘めばよいのか分かります」
「もちろん家によって考え方は違うと思うんですけど、うちはヘルパーさんに、農業ってこんな感じなんだって知ってもらいたくて。土をつくるところから始まり、小さい種を育てて大きくしてやっと収穫できるって、ほかの仕事では味わえないことだと思うんですよね」
この時期は、家族で朝5時から外作業をしているそう。トマトはビニールハウスで育てるため、機械が入れず、作業のほとんどが人の手でなければ育てられない。
ふだんスーパーで見る真っ赤なトマトには、こんなにたくさんの手間がかかっているんだな。
「うちに来てくれるヘルパーさんも、未経験の人のほうが多いです。根を詰めてやらなきゃいけない作業も結構あるし、暑さもあるから最初は大変なんだけど、みんな何日かで慣れていくみたい。今まで、どうしてもダメだったという人はいなかったですよ」
今年、谷口さんのもとで働いているヘルパーさんは女性2名。
そのうちのお一人、北出(きたで)さんが「谷口さん家のトマト、本当においしいんです。持って帰って食べてください」と袋を手渡してくれた。
仕事が終わった夕方、別のトマト農家さんを手伝うパートナーの篠﨑さんと合流する。
おふたりは、美瑛の農作業ヘルパーとして2年目を過ごしている。1年目から振り返って、話を聞かせてもらう。
北出さんの前職はパティシエで、篠﨑さんはサラリーマンを経て料理人。
美瑛に来る直前はカナダに住んでいて、帰国を考えたときに浮かんだのが農業だったと、北出さんは話す。
「いつかは農業のお仕事をしてみたいと思っていました。小さいときから『田舎のおばあちゃんから野菜を送ってもらった』っていう友だちがすごくうらやましかったんです。パティシエになってからは、素材のことをもっと知りたいなと思っていて」
そこで、日本で農業ができる場所を探していたところ、候補に挙がったのが美瑛だった。
「美瑛は家具家電つきのアパートを町中に用意してくれているので、身のまわりのものだけあればすぐに農業ができたんです。札幌や旭川も、電車に乗ればわりとすぐに着くし、千歳まで出れば飛行機で全国に行けるのもポイントでした」
そうして美瑛にやってきて、待ちに待った初収穫の日。
農作業を終えて帰宅した北出さんの様子を、パートナーの篠﨑さんが振り返って教えてくれた。
「家に帰ってから、何も喋らずにずっとうなっているんです。どうしたのって聞いたら、『今日はスクワットを1000回やったから…』としか返事がなくて(笑)」
北出さんが「本当にヘトヘトだったんです」と話を続ける。
「トマトの木はまだ背が低いし、慣れていないからどこに実がなっているかも全然分からなくて。地面に這いつくばってトマトの実を探して、根元からハサミで切って、立ち上がってケースに入れて。憧れの農業ができている喜びも感じつつ、体が悲鳴を上げていました」
ハウスには、1棟あたり1300本以上の株が並んでいる。農家さんとヘルパーのみなさんは、かがみ姿勢や中腰になりながら、手入れや収穫をおこなう。
それに夏のビニールハウスは40℃近くまで気温が上がって、サウナのような蒸し暑さになる。
北出さんは少しでも涼しくなるように、通気性の良い白い服を着たり、2.5リットルの水筒を持ち歩いたりと工夫を重ねた。
「体は疲れるんですけど、太陽をあびながら汗をかいているとすごく気持ちいいなって思います。前職時代、繁忙期はずっと建物にこもっていて。だから、ハウスを出たときの風とか、あたり一面の大自然がうれしいんです」
ヘルパーの仕事は、基本的に週6日。休みの日は、富良野など近隣の町まで足を伸ばしたり、カフェや道の駅を巡ったりしている。
おふたりのように、休日に観光を楽しむ人も多い。ヘルパー同士で誘い合って自転車でパッチワークの丘を巡ったり、道内各地の観光地をドライブしたりするのはもちろん、仕事終わりに星空を見に行く人もいるのだとか。
充実した1年目を過ごしたおふたり。一方で、初夏の収穫シーズンからの参加だったので、今度は苗からトマトに関わりたい、アスパラなど他の作物にも触れてみたいと思ったそう。
美瑛通運の山岸さんに相談して、2023年シーズンも参加することを決めた。春から働くなかで、1年目とは異なる面白さを体感している。
「やっぱり最初から関われると全然違います。小さい苗が大きくなっていく過程を間近に見られるし、実が赤くなるとすごくうれしいんです。個人的には早い期間から来るのがおすすめかなあ」
「もし悩んでいる方がいたら、一回来てみたらいいと思います。農家さんと一緒にちゃんといい作物をつくるぞって思える方だったら、何かしら得るものはあるはずなので。自然が好きで、汗をかくのが楽しめる方ならきっと大丈夫ですよ」
朝早くから夕方まで体をいっぱいに動かして、夜はぐっすり眠る。休日は、北海道らしい景色をぞんぶんに楽しんでリフレッシュする。
生きていることを実感するような日々だと思います。
北海道の春から秋は、美しい景色です。丘のまちで、農家さんたちが待っています。
(2023/7/21 取材 遠藤真利奈)