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ノミやカンナを使って、木を薄く削りながら慎重に楽器を調整する。
弓の毛を一本一本整える仕草。数ミリの小さな木片を切り出す手元。
それぞれの繊細な作業の音が聞こえる、静かな工房。職人たちの一つひとつの手捌きは、ずっと見ていたくなるような美しさがあります。
株式会社シャコンヌは、弦楽器の専門店。ここで、バイオリンをはじめとする弦楽器の修理・修復や製作、販売に携わる技術スタッフを募集します。
専門技術は、入社後に一から学ぶことが可能。音楽に関わる仕事がしたいと、転職してきたスタッフも多い環境です。
あわせて、接客や販売に特化して働く営業スタッフと、バックヤードからサポートする管理スタッフも募集中。
音楽や楽器が好きで、仕事にしてみたいと思った経験があるなら。未経験からバイオリン職人になってみませんか。
取材に向かったのは、シャコンヌの吉祥寺店。
人通りの多い吉祥寺駅前から、高架に沿って歩き5分ほど。家具のショールームが入るビルの9階へ。
エレベーターを降りると、深みのあるバイオリンの音色が耳に飛び込んできた。
お店に入ると、お客さんが試奏中。
店内にはずらっとバイオリンがディスプレイされていて、レジ奥の工房スペースで職人さんたちが作業を進めている。
頃合いをみて、代表の小川さんに話を聞かせてもらう。
シャコンヌのはじまりは、1976年。ヨーロッパから数百年もののオールドバイオリンを買い付け、修復し、販売するところからスタートした。
現在はプロ・アマチュア問わず、楽器の販売やレンタル、個人所有の楽器の修理・修復、自社オリジナルのバイオリン製作などもおこなっている。
学生時代はオーケストラでヴィオラを演奏していたという小川さんは、代表になって5年ほど。20年前に未経験で入社し、一から技術を学んできた。
「はじめてシャコンヌの楽器の音を聴いたとき、『音がいい』という印象が大きかったです。それまで聴いてきたバイオリンと比べて、昔のものに近い響きだなって」
「創業者の窪田が昨年5月に亡くなって、僕らは彼の技術を引き継いでいるかたちです。修復や製作のアプローチがよそとは違うので、響きも異なってくるんです」
どんなふうに違うのか。
それを語るのに欠かせないのが、バイオリンの名器として知られる「ストラディバリウス」。
17世紀後半から18世紀前半頃のイタリアで、アントニオ・ストラディバリが生み出したこの楽器。技術が発展し、研究が重ねられた現代でも、その音色を超えることはできないとされている。
「バイオリンの音を左右するもののひとつが、ボディの板の厚さです。ただ、計測器を使ってストラディバリウスと同じ厚さに削っても、現代の製法では同じような音色は出なかった」
ましてや、先進的な道具はなかった300年前。どうして、ストラディバリウスの音色はどれもが素晴らしいのか。
創業者の窪田さんは、ストラディバリウスを研究するなかで、ボディを指で叩いたときの音程が規則的に整っていることを発見した。
「叩いて、音程を確かめながらバランスを整えていく。ここは音が強すぎるから、削ってバランスを整えようとか。頭では理解はできるんですよ、この理論は。でも技術として自分のものにするには時間がかかります」
シャコンヌでは、すべての製作や修復を、この音程の理論に則って進めていく。
基本的には、ヨーロッパなどから仕入れてきた楽器を自分たちの理論に基づくかたちに調整し、販売することが多い。
一方で、ストラディバリウスなどのオールド楽器は、購入するにはあまりにも高額なもの。
そこで創業者の窪田さんは、ストラディバリウスのような音色を持つ楽器を、リーズナブルに多くの人に届けたいという想いから、音程の理論を取り入れた新作楽器「新作CHACONNE」を製作。
新作ながらオールドの音色を持つと評判になり、今ではユーザーは600人以上。テレビ番組の特集内での検証では、ストラディバリウスと新作CHACONNEの音響データがほぼ一致することも判明したという。
「今は、窪田から技術を引き継いだ職人が、引き続き製作をしています」
「ストラディバリの時代には当たり前だったことも、数百年経てば全然違うやり方になっちゃうので。私たちはその当時の技術を研究・考察して引き継いで、クラシック音楽の文化の発展に貢献していきたい」
楽器は、手をかければ応えてくれる感覚があるのがおもしろいと、小川さんは話す。
「この材料はどうだろうとか、このやり方はどうだろうとか、試せば音としてちゃんと現れてくる。だから、次はこうしてみようとか、試していくのが楽しい」
「創業者の技術は、自分とはまったく別格ですが、いろいろやっているうちに、それに近いような音が出ることがある。そういうときに、話で見聞きしていた理論が自分のなかに腑に落ちる感じがしますね」
どうすればよりいい音が出るのだろう。数百年前に、この楽器をつくったのはどんな人だろう。
自ら興味を持って、調べ、考えていくのは当たり前。技術的な修行や楽器についての勉強をしたり、バイオリンの演奏の練習をしたり。仕事の時間内だけには収まりきらないこともある。
好きじゃないと続けられないけれども、自分のものにできるなら一生ものの仕事だと思う。
「災害が起こると、食糧や衣類や医療はもちろん必要ですけど、音楽のような文化的なものも求められてると感じることがある。震災のあとにも、声がかかったんですよ。『楽器が壊れちゃったから直したい』、『新しく楽器がほしい』って」
「生きていくうえで、音楽を必要としている人がいる。創業者自身も、音楽に助けられた経験があるから恩返しとしてこの仕事をやっていきたい、と話していました。そういう気持ちはこれからも大切にしたいと思っています」
シャコンヌの社員は14人で、大半が技術スタッフを兼ねている。
全7店舗のうち、本店の名古屋、ここ吉祥寺、そして銀座と札幌にスタッフが常駐。新しく入る人は、このいずれかの拠点で働くことになる。
この日、名古屋からやってきてくれたのが、肖(ショウ)さん。北京で30年以上、弦楽器の修復と製作に携わり、2020年に日本へやってきた。
「これは、1645年頃にニコロ・アマティによってつくられた、子ども用のバイオリンです。私が修復に携わりました。」
30年以上前にヨーロッパで仕入れたときは、バラバラと言っても過言ではない状態。
虫食いの穴には木目に合わせたパーツを作成して埋めたり、欠けていたネックを手づくりしたり。
このレベルの補修ができる職人は、日本にほとんどいないという。
「まだ日本語は練習中で」と恐縮しながら、丁寧に教えてくれる肖さん。
「若いころは、バイオリンを目にする機会が少なくて。一目見たとき、なんてかわいらしいんだろう、と思ったんです」
名門の音楽学校で技術を学んだのち、長年バイオリン職人として働いてきた。
肖さんの師匠が、創業者の窪田さんの知り合いだったことから、日本に渡りシャコンヌで働くことに。
「技術を身につけるのは、誰でも最初はすごく大変だと思います。音程の調節は、今でもむずかしい部分です。でも繰り返し繰り返し練習していくと、できるようになる。それが楽しいところですね」
肖さんの話にじっくり耳を傾ける姿が印象的だったのが、入社3年目の三浦さん。普段は吉祥寺店と銀座店を行き来している。
「音楽はずっと好きで、ピアノや吹奏楽をやっていました。もうひとつ、手を動かしてなにかをつくることも小さいころから好きで。どちらも両立できる仕事だと思って、中学生のころにバイオリン職人に興味を持ったのが最初のきっかけです」
「当時は強いこだわりがあったわけではなかったので、広く木工が学べる高校に入りました。でも、音楽から少し離れてみると、やっぱり戻りたいという気持ちになって。卒業後にバイオリン製作の専門学校に通うことにしました」
専門技術を学んでいるとはいえ、新卒・未経験での入社。職人の求人のほとんどがアルバイトでの募集で、正社員として入社できるのはシャコンヌだけだった。
働きはじめて、どうでしたか?
「シャコンヌの音程の理論は、学校で学んでいたものとは全然違う方法でした。正直、斬新だなとは思ったんですけど、楽器の音を聴くと、純粋にいい音だなという感想が先に湧いて。自分もできるようになりたい、という気持ちが大きかったですね」
「修理・修復と製作は、使う道具がほとんど一緒。でも必要な技術は全然違うんです。なので、修理・修復に関してはほとんど0からのスタートでした」
入社後に最初に取り組む仕事が、弓の毛替え。
弦楽器の弓には馬の毛が張られていて、定期的に交換する必要がある。依頼件数も多く、これができることが職人への第一歩。
毛並みを揃え、余計な力が入らないように均一に張る。接着剤は一切使わず、自ら切り出した小さな木片を穴にはめることで毛を固定していく。
木片を少しでも削りすぎれば緩くて止まらないし、きついものを無理に入れたら弓が壊れてしまう。
「先輩方は当たり前にできるので簡単に見えるんですけど、実際はすごくむずかしくて。入社早々泣きそうになりながら帰ることもありました」
「苦労して何日もかけてやっとできたと思っても、お客さまにお出しできるようなものでは到底ない。未経験から入る人の、最初の壁だと思います」
弓の毛替えができないと次に進めないので、何日かかっても、できるようになるまでやり続ける。
一定の品質をクリアすることができたら、次は作業時間を短くしていく。一人前に毛替えができるようになるまで、自分自身の粘り強さとの戦いになる。
毛替えの次は、ペグや指板など楽器のパーツ製作。ボディまで触れるようになるのは、しばらく先のこと。三浦さんは、複雑なものでなければ一通りの修理は対応できるくらいだそう。
「いろんなケースがあるので、そのたびにやり方を教わりながら、できることを少しずつ増やしていきます」
今手掛けているのは、初心者向けモデルの調整だそう。
「既存の楽器は、仕入れたままの状態だと、うちの理論とは違うスタイルでつくられています。それぞれのパーツをうちの理論に基づくものに交換して、調整してから販売します」
三浦さんは、どんな人がこの仕事に向いていると思いますか。
「楽器の調整って、少しの力加減の違いですべてのバランスが崩れてしまうんです。そういった繊細な感覚は必要なんですが、繊細すぎると落ち込んでしまうことも多いので、心の強さも持ち合わせている方。両方なのでむずかしいんですけど…」
「自分が諦めない限りは、ずっと続けていく仕事になるのかなと。先輩方からのアドバイスを素直に吸収して実行できる方だと、技術も身についていきやすいと思います」
毎日毎日、何十年も、技術に向き合い続けていく。
門戸がひらかれている環境だからこそ、大切なのはこの道を突き詰めていく覚悟だと思います。
音楽が好きな気持ちや好奇心を持ち続けていくことができるなら、いつかきっと一人前のバイオリン職人になれるはずです。
(2025/01/31 取材 増田早紀)