1800年超の歴史をもつ北九州・和布刈(めかり)神社。
変わらない伝統を守り継ぐため、変わり続けて今があります。
古来の弔いのあり方にならった海洋散骨をはじめたり、施設をリニューアルしたり、全国の神社に向けたコンサルティングに取り組んだり。
日本仕事百貨を通じて神職の家系でない人を広く募集してきたのも、その一環です。
年々増え続ける参拝者への対応や事業の広がりを受けて、今回も神主見習いを募集します。
朝は神様に挨拶し、掃除をする。神社らしい仕事もありますが、それ以上に裏方の事務作業や終活の相談対応、数字にもとづいた目標設定など、一般企業と変わらない業務が多くを占めます。「神社が好き」という気持ちだけで入ってくると、ギャップが大きいかもしれません。
現代の神社のあるべき姿を問い、これからの神職のモデルとなる人を求めています。
本州と九州をつなぐ関門橋。そのたもとに和布刈神社はある。
もともとは海路でしか辿り着けなかったため、参道は海へと続いている。その向こうを大型の船が行き交い、対岸には山口・下関のまちなみが広がる。
振り返れば、そこには1800年前から残る御神体の磐座。何度訪ねても、そのコントラストには心揺さぶられる。変わらないものと、変わり続けるもの。
昨年改装された「会館」を訪ねると、32代目禰宜(ねぎ)の高瀨さんがいつものように迎えてくれた。
「日本仕事百貨さんを通じてご縁をいただいて、アルバイトを含めると12名の方々が奉職してくれています。この夏に1名神職の資格を取得予定で、神主はわたしを含めて5名となります」
2018年にはじめて取材したときは、高瀨さんとアルバイトの巫女さんの2名体制だった。7年のあいだに、組織として大きく変化してきたことがわかる。
正月の収益に依存する神社の運営体制を変えようと、海洋散骨や思物供養、授与所や会館のリニューアル、神道式のお葬式である「神前葬」など、さまざまなことに取り組んできた高瀨さん。
結果として参拝者数は年々増え、年間29万人に。収益も前年対比132%で伸びていて、現在では売り上げの7割を終活事業が占める。
さらに、神社のコンサルティングを手がける株式会社SAISHIKIを設立。和布刈神社で培ってきたノウハウを活かして、全国の神社の経営改善にも取り組みはじめている。
「歴史や由緒にもとづいたリブランディングは、だいぶ形になったという実感があります。経営状態も大きく改善してきました。ただ、自分たちの働く環境づくりは?というと、手探りな部分もあって」
採用した人たちの声をその都度聞きながら、少しずつ整えてきたものの、抜本的な改善はなかなかむずかしい。高瀨さん自身、企業勤めの経験がないこともあって、進めにくさを感じていたそう。
そんな状況を大きく前進させたのが、2年前に日本仕事百貨の記事を読んで入社した伊藤さん。東京のゲーム開発会社に7年勤めたあと、老舗飲食グループ企業の部長職まで務めるなど、バリバリ働いてきた方。
「ここに来たのは、金銭的な面で言うと正直キャリアダウンだったんです。自分はそれでもよかったんですけど、これから選んでくださる方にはキャリアアップか、せめて現状維持できる環境を整えたいなと思っていて」
やりがいやビジョンへの共感だけでなく、給与や福利厚生面でも遜色ない水準を目指したい。
休日数を増やしたり、企業型確定拠出年金の導入を進めたり。経営・マネジメントの視点も持つ伊藤さんが加わったことで、話が具体的に進みやすくなったという。
さらに、お守りの授与や参拝客の対応などは巫女さんに委ね、正社員は巫女さんのマネジメントや終活の対応、新規事業や神主資格が必要な祈願など、それぞれの業務に専念できる運営体制も整ってきた。
「最近は高瀨さんに『毎日来なくていいですよ』って言ってるんです」
「ちょっと語弊が…」と高瀨さん、苦笑い。伊藤さんが言葉を付け足す。
「高瀨さんがずっと身近にいると、頼りたくなるじゃないですか。何か判断するときに、直接聞けば楽だけど、自分でまず考えて、次は上長に聞いて。そういう意識を持つことで各自も成長するし、高瀨さんも別のことに時間を割けると思うんです」
「あとは大きく変わったのは、評価ですね。これも語弊があったらフォローしてほしいんですけど(笑)、わたしみたいな人間は点数をとりやすいんですよ。新しいことをどんどん進めるタイプ。でも、当たり前のことを当たり前にやれる人も必要で」
年3回おこなわれる祭典のYouTubeライブ配信や、百貨店での終活セミナーなど、新たな試みを次々と形にしてきた伊藤さん。
一方で、事務作業を抜け漏れなく正確に進めたり、頼まれたことを120%で返したり。地道に貢献している人が評価されにくい制度になっていた。
そこで神主のタスクを列挙し、達成度合いが賞与に反映される「習熟度チェック」を導入。
評価軸が多様になったことで、さまざまな個性を活かしやすい環境が整ってきた。
おふたりは、どんな人に来てもらいたいですか?
まずは高瀨さん。
「全体のバランスを見て調整するのがうまい人がいいなと思っていて。イメージは、みんなでバーベキューをしているときに、肉の焼け具合を気にする人。…伝わりますかね?」
言い換えると、几帳面でこだわりを大切にしている人。「寝室には外着のまま入らない人」とも。
和布刈神社の神職は、神社としての運営を進める「祭儀部」と、経営改善や外部向けのコンサルティングに携わる「構築部」という2つの部署に分かれている。今回募集するのは祭儀部のほうで、できればマネジメント経験のある人が望ましいとのこと。
伊藤さんはどうでしょう?
「会社の収支に敏感な方でしょうか。数字に強いというか原価、経費、人件費と利益の関係性を見れる人だとなおいいですね」
たしかに、最近の取材ではよく数字の話が出てくる。
課題だった給与水準も、初期と比較して129%アップするなど、高瀨さんは働く人への還元を常に考えている。抵抗感のある人もいるだろうけど、経営を安定させ、具体的な改善を図っていくためにも、数字と向き合うことは必要だと思う。
今後、和布刈神社では飲食・観光事業もはじまっていく。
また、経営改善に取り組む神社に投資していく財団法人の設立も進めている。
これから入る人も、日々神社の運営に携わりつつ、新しい取り組みに関わっていける余地もある。新規事業に限らず、素朴な気づきが組織を変えることも。
たとえば評価時の「習熟度チェック」は、祭儀部の熊谷さんの声が導入のきっかけになった。
「高瀨さんが現場を離れるにあたって、経理や会計、部内の管理もわたしが任されるようになったんです。新しいことをやるのももちろん大事なんですけど、数字に表れない部分も評価してもらいたいなって。業務としては発生しているわけなので」
毎月の高瀨さんとの面談で思っていることを伝えたそう。それが評価制度の改善や、業務内容に応じた資格手当の追加につながった。
福利厚生や勤務条件はだいぶ整ってきているものの、働くなかで気になることは今後また見えてくるかもしれない。そのときも、思ったことを伝えられる場があり、制度や働き方に反映されてきた実績があるのはいいことだなと思う。
新卒から地元の長野県で公務員として働いていた熊谷さん。日本仕事百貨を通じて2年前に転職してきた。
「新卒で公務員になったくらいなので、安定志向で。日本仕事百貨を読んでおもしろい仕事だなと感じても、いろいろ考えてしまって応募まで至らないことも多かったんです。でも、ここならやっていけるんじゃないかって思ったんですよね」
移住も伴うし、まったく異業種への転職。ハードルは高そうに思えます。
「和布刈神社は新しいこともやっていますが、1800年続いてきているので、そういう意味での安定性はあるのかなと(笑)。あとは写真で見る空間や高瀨さんの言葉から、感性が合いそうだなと思ったのもありますね。前職でいろんな人と関わるなかで、感性や感覚が合わないとモチベーション的にも大変だなと実感していたので」
朝は、神様へのお供えと挨拶からはじまる。
授与所が開いている9時半〜17時は交代で参拝客と接しつつ、海洋散骨の受付や船便の手配、神前葬が入ればその準備や当日の進行、片付けなど。熊谷さんの場合はそこに経理・会計業務も加わるので、一日はあっという間に過ぎていく。
「会計の書類を扱う仕事なんかは、まとまった時間、少し離れて集中できたほうが進めやすくて。できればもう一人、全体を俯瞰して調整してくれるマネージャー的な人がいてくれるとうれしいです」
ちなみに神主の資格は入社後に取得できる。熊谷さんも先日、伊勢で1ヶ月の研修を受けてきたそう。
御朱印の書き方や終活の対応なども社内テストがあり、一つひとつ身につけていけるので、未経験でも大丈夫。
そんななか、珍しく神職経験者として入社したのが有村さん。
一度は神社から離れていたものの、日本仕事百貨の記事をたまたま読んで和布刈神社を知り、あらためて挑戦したいと思った。
まだこちらに来て4ヶ月とのこと。実際に働いてみてどうですか。
「感覚的には神主の仕事2割、一般的な会社員のような仕事8割、みたいな感じなんですよ。2割の神主の仕事には覚えがあるんですけど、残りの8割が慣れるまで大変でした」
どんなところが?
「たとえば、毎月会議をするんです。『直近の取り組みではこんな結果が出た。次はどんな数値を目指して、達成するために何をすべきか?』と、全員で考える。大変なんですけど、参加するだけでも勉強になりますし、この神社は常にアップデートしているんだなと感じます」
「あとは個人的に苦労したのは、海洋散骨の申し込み対応ですね。覚えることがすごく多くて。毎晩マニュアルを見て練習してました。友人にも手伝ってもらって、ロールプレイも何度もして」
墓じまいのことや親族との関係性など、センシティブな内容に話が及ぶこともある。人生の終末に関わることなので、責任も重い。
すべてマニュアル通りに進むわけではなく、相手の気持ちに寄り添ったり、飛び込みの相談に対応したり。臨機応変に向き合っていくなかで、「安心した」「ありがとう」と言葉をかけてもらえることがやりがいになっているという。
「新人だからといってやらせない職場ではなくて、むしろ新人だからこそ、いろいろやってみなさいと。試される場面もあるんですけど、それも前向きに捉えています。自分次第で成長できる環境だと思いますよ」
1800年の歴史からすれば、ひとりが関われる時間はほんの一瞬に過ぎないですが、その一瞬の積み重ねが未来をつくります。
そして、ここで試行錯誤した経験は、きっと自分の人生の幅も広げてくれるんじゃないか。そんなふうに感じました。
(2025/03/27 取材 中川晃輔)