もくもくと勉強する姿を見ながら、夕飯の仕込みをする。
今日のメニューが唐揚げだと知りガッツポーズをする学生を見て、うれしくなる。
いつもより食べるごはんが少ないことに気づき、ちょっと心配になって声をかけてみる。
今回紹介するのは、そんな日常のなかでの仕事になると思います。
フードハブ・プロジェクトは、徳島県神山町で活動している、地域の農業を次の世代へとつないでいく取り組みです。
まちのなかで新規就農者への研修をおこないながら、地域の食材を使った食堂やパン屋、加工品づくりなど、さまざまな活動を続けています。
今回募集するのは、フードハブが運営している「まるごと食堂」の料理人と調理補助。
2023年に開校した「神山まるごと高専」の寮で生活する学生たちが、毎日食べるごはんをつくっていくのが仕事です。
料理上手で、おせっかい。そんな人に似合うと思います。
徳島空港から車で1時間。
神山町は企業のサテライトオフィスがあったり、小さなお店を開く人がいたりと、さまざまな活動が続いている山間のまち。
ここで近年大きな話題になっているのが、デザインやテクノロジー、起業家精神について実践を交えながら学ぶ「神山まるごと高専」ができたこと。
中学校をリノベーションしてつくられた寮の1階に、学生たちが食事をする「まるごと食堂」がある。
最初に話を聞いたのは、食堂の運営をしているフードハブ・プロジェクトの共同代表、白桃さん。
フードハブ・プロジェクトがはじまったのは9年前。
まちの人口が減り、耕作放棄地が増えていくなかで、どうしたらまちの農業を次の世代につないでいくことができるのか。
このまちで農業をする人を育て、地域の人がおいしく食べる場をつくる。
さまざまな取り組みを積み重ねながら、つくる人と食べる人をつないできた。
「高専のみなさんから、日々の食事は地元のものをつかった食を提供するべきだろうとご相談いただいて、一緒に考えはじめました。目指しているのは、地産地食日本一の給食です」
フードハブの活動全体の合言葉は「地産地食」。
料理に使う食材は、町内の有機栽培と特別栽培、町内の慣行栽培、県内、国内のものと優先順位をつけて使用している。
「学生が増えていく5年後を見据えると、一度に600〜700食を日々提供することになります。これまで僕らが続けてきた、地域の人が食べて地域の農業を支えることに大きくつながります」
「今まで関わってきた生産者も、今回規模が大きくなることであたらしく相談しに行った人たちも。給食で子どもたちに食べてもらえるんだったら喜んで一緒にやりますっていってくれる方が多くて。供給量を確保するなどの課題は山ほどあるものの、ここには向き合うべきだと思っています」
フードハブのメンバーには、農業をしている人もいれば、料理、パン、加工品の製造をしている人もいる。
それぞれに担当していることがあるものの、お互いの状況を共有することも大切にしている。
「食堂のかま屋で出す料理を見てくれているジェロームさんが、『お皿の上のしごとは、農家が半分、料理人が半分』と言っていて。それがすごくしっくりきているんです。農家と料理人、みんなが関わらないとおいしい料理はできないよってことなんですよね」
野菜は自然のなかで育つものだから、規定のサイズのものが同時にできるわけでなければ、毎年同じ量が収穫できるとも限らない。
育てる人、届ける人、料理する人がすぐそばにいて、お互いの様子がわかったり、話せる関係にある。だからこそ「どうしたら学生たちにおいしい食事を用意し続けられるか」を一緒に、柔軟に考えることができる。
「食って分断されすぎていると思うんです。10年やってきて、ようやくすべてがつながりはじめた感覚があります。まだまだ“順調に問題だらけ”ではありますが、みんなの力で、ここまでできるようになったんだと実感しています」
そんなフードハブのなかで、まるごと食堂を担当しているのが浅羽さん。
スクールフードコーディネーターとして関係者との連絡係をしながら、実際にキッチンに立ち、日々の食事をつくっている。
「私、寮母さんになりたいっていう夢があったんです。陸上で長距離をやっていて、減量したり好きなように食べられない時期があって。自分のように苦しむ人がいないようにというか、食事や栄養の面から健康のサポートをしたいと思って、栄養士になりました」
資格をとって、毎日たくさんの人に食事を提供する現場に就職。
運営に関わりながらも、どこかで違和感を感じる日々が続いていた。
「ずっとカット野菜や冷凍野菜を提供し続ける側にいることにもどかしさがあって。食の原点というか、育てるところから関わりながら、健康な食事をつくっていける環境で学びたいなと思っていたとき、フードハブを一緒にやらないかと声をかけてもらいました」
東京から神山に移住してきたのが2016年のこと。
結婚や出産という生活の変化に合わせながら、食堂「かま屋」や経理、加工部門など、その時々でできることで関わり続けてきた。
「10年経った今でも、常に気づきがあるんです。たとえば野菜には旬があって、たくさん収穫できる年とそうでない年がある。同じ町内でも育ち方が違ったりして。管理栄養士という資格を持ちながらも、食べものが育つところまで思考が追いついていなかったなって」
まるごと食堂のバトンを受け取って、運営メンバーとして働きはじめたのが昨年の春。
テーマにしているのは、心が休まるような食事をつくること。
地元の食材をつかった家庭料理だけでなく、ときには学生のリクエストに応えてハンバーガーやラーメンなどを出すことも。
日々の食事をする学生たちの状況をよく見ながら、料理を提供している。
「基本の味付けだったり、ふつうのおいしいごはんっていうのがベースだと思うんです」
「むずかしいことを考えるわけではないですが、ふだんの食事から、神山について知ったり、学びにつながるものがあるといいな、と思いながら考えています」
朝食はセルフで。昼と夜はそれぞれ2つずつメニューを用意し、選べることができるようになっている。
シフトを組んで働いているものの、急なトラブルに対応せざるをえないこともあり、生活とのバランスをとることのむずかしさも感じるそう。
一緒に働くことになる人とは、相談しながら、よりよい仕組みを考えていきたい。
「大変ではあるものの、学生の反応を間近で見られるのがうれしいんです」
「ただいま!って帰ってきて、なにを食べようか楽しそうに悩んでくれたりして。ごはんの量を聞くと、いつもは大盛りの子が普通盛りを選んで、なにかあった?って聞くこともあります。毎日の食事だから、気づけることがあるんですよね」
「町内の農家さんだと、朝採れたものを持ってきてくれるんです。やっぱり、パックされた野菜とはぜんぜん違うんですよ。その新鮮さというか、イキイキしている野菜のおいしさをどう料理すると伝わるのか。まだまだ勉強だなと思っているところです」
栄養やおいしさに加えて、フードハブが大切にしていることの一つが、食事のなかでどれだけ県内産のものを使えているかを示す「産食率」。
一定の食数をつくるためには、町内の農家さんたちの畑の状況を知り、毎日一定の量が集まるように調整をしていく必要がある。
農家さんと料理人のあいだをつないでいるのが、おとどけチームのメンバー。
話を聞かせてくれたのは、フードハブのメンバーになって1年の石田さん。
前職では、全国各地のオーガニックの農産物を流通させる仕事をしていた。
さまざまな農家さんに話を聞いて回るなかで出会ったのが、フードハブのメンバーだった。
「地方でつくったもののほとんどが、都市部に運ぶことが前提になっているんです。だけどここは、自分たちでつくったものを、このまちで食べるということを最優先にしていて。それを実行し続けるって大変なんじゃないかと、話を聞きにきました」
「届ける側にだけ立って規模を広げるというよりは、つくる側に立って小さな規模でも届けていくことが、このあと自分がやっていくべきことだろうと感じているタイミングでもあって。話をしているうちに、ここで働くことになりました」
農業メンバーや加工チーム、各店舗の料理人、そして取引先の人たちと日々連絡をとりながら、毎日必要な野菜を町内外に届けている。
「地産地食という言葉からすると、町人4700人に食べてもらうのが一番の目的です。ただフードハブの農場や、研修の卒業生たちがつくる野菜、加工品をつくっているメンバーの生産量がどんどん増えていっているので、それをどう外にも届けていくかを考えるのがメインの仕事です」
「想像していた以上に、景色が違うことがおもしろいですね」
景色が違う?
「フードハブはこんな会社で、こんな人がつくってますっていう情報を渡せばいいのかもしれないんですけど。もっとみんなの気持ちの部分っていうのかな。情報を知ってほしいというより、理解してもらいたいと思うようになったというか」
たとえば加工係の山田さんがつくるフードハブの人気商品、カミヤマメイト。
出荷できる量や季節ごとの味の違いなどの情報を伝えるだけでなく、ときには神山町に来てもらって一緒に畑を回ったり、製造現場を見たり、ごはんを一緒につくって食べることもある。
「つくっている山田さんがどんな人なのか、なぜ地域の食材を使うことを大切にしているのか。カミヤマメイトを営業しているようで、やまちゃんのことを紹介したいってことなのかもしれません。関わる機会が増えることで、変化が生まれるんですよ」
農家さんと料理人がつながることで柔軟に食事を提供し続けることができるように、まちの外の取引先とも関係をつないでいく。
そうすることで条件や規格だけでやりとりをするのではなく、お互いの状況を話しながら一緒にものづくりをする仲間が増えていく。
支え合うことができる関係をつなぎ直しながら、農業や食を次の世代につないでいくのが、フードハブプロジェクトの進め方。
フードハブのメンバーが続けてきた関係性のなかで、日々学生たちが食べる食事をつくる。
関わり合いながらものごとを進めていくのは、ときには効率的でなかったり、めんどうなこともあるかもしれません。
それでも、だからこそ、続けていけるものごとがあるんだと思います。
ピンときたら、ぜひ、神山町を訪ねてみてください。
おいしい野菜がたくさん育つ、いい季節がやってきます。
(2025/4/10 取材 中嶋希実)