子どものころの経験や、夢中になって取り組んだことが、いまの自分をつくっていると感じるときがあります。
そう考えると、大人になるまでの教育は大切。
でも、経験を広げて何かを学ぶことに、早いも遅いもないのかもしれません。
大人だって学びたい。
そう思っている人に、知ってほしい場所があります。

沖縄県の北部にある、本部町(もとぶちょう)。
透明度の高いビーチ、2万本のフクギがつくる緑のトンネル、そして沖縄美ら海水族館など。年間500万人が訪れる日本屈指の観光のまちです。

この町の子どもたちに、本部町でしか出会えない学びを届けたい。
そんな思いで始まった「もとぶ教育魅力化プロジェクト」は今年で4年目。
ウミガメや島野菜を育てたり、地域の伝統芸能について学んだりと、いくつもの新しい教育が芽吹いています。
今回募集するのは、中高生向けの公営塾スタッフと、小中学校で地域学習を担当するコーディネーター。経験や資格は問いません。
地域おこし協力隊のため任期は3年。アナウンサーや営業マンなど、まったくの畑違いから挑戦する人もいれば、学校の先生をいったん離れて、視野を広げるために活動している人もいます。
豊かな沖縄の地で、自分の学びも深めていけると思います。
那覇空港に降り立つと、本州とはちがう蒸し暑さ。沖縄にきた感じがする。
車に乗り換えて島の北部へ。にぎわう市街地を抜けると、景色は緑へと変わっていく。
1時間半ほど走ると、海が現れた。思わずビーチに立ち寄ることに。
遠浅のミルキーブルー。パラソルに遊泳する人々。その先にうっすら見える離島。

心地よい初夏の雰囲気を楽しんでから、本部町役場へ。
教育委員会の玉城さんが出迎えてくれた。かりゆしウェアには本部町やイルカが描かれ、なんだか涼しそう。

「沖縄の授業参観ってめずらしくて。親は教室の後ろにいるのが普通ですけど、こっちでは子どものなかに混ざるんです。きょうの体育では『サッカーボールが外に行かないように周りで見てくださいね』って(笑)」
魅力化プロジェクトのきっかけは、まち唯一の高校が無くなる危機に陥ったこと。まちから高校が無くなれば、人口流出は免れない。
加えて、世帯貧困率の高い沖縄では学力格差が大きく、本部町ではその傾向がとくに顕著に見られるそう。
「本部町の子どもたちは外に出る機会が限られているので、進路の幅も狭くなりがちで。だからこそ、学生のうちにいろんな大人に会って、いろんな経験を積んで、世界を広げてほしいんです」

子どもたちの将来の選択肢を増やしてあげたい。そしてまちに愛着を持ち、ここで育ったことを誇りに思ってほしい。
そんな思いから「もとぶ教育魅力化プロジェクト」がはじまった。
プロジェクトの柱は大きく2つ。
ひとつは、まちが運営する中高生向けの公営塾。
誰もが通える塾として、進学を目指す生徒の学習をサポートする。青年海外協力隊との交流やホエールウォッチングなどのアクティビティも企画。
もうひとつは、小中学生を対象とした地域学習のコーディネート。
「総合的な学習の時間」を活用して、校外学習や、地域の人を招いた授業を企画する。藍染め体験をしたり、胡蝶蘭を育てたりと、内容は多岐にわたる。

「先生の多くは町外から来ていて。実は地域とのつながりが少なく、日々の業務で忙しい。だからこそ、外の視点で魅力を発掘して、授業につなげる専任の人が必要なんです」
本部町の人たちとも一緒に授業をつくる。
たとえば、沖縄美ら海水族館を運営する沖縄美ら島財団とは、共同でいくつかの授業を開催。
ひとつは沖縄在来種の野菜を育てるというもの。また、卵から孵化したばかりのウミガメを育てる授業もある。
どちらも半年から1年かけて畑や海に通い、お世話をして、成長を記録する。
最終的に、野菜は自分たちで調理して食べるところまで、ウミガメは海に放流するところまでおこなう。

目指すのは、本部町で学びたい子どもたちが増え、学校や地域がこの先も続いていくこと。
進学や就職で外に出た子どもたちが、いつか戻ってくる。戻ってこなくても、全国から応援する仲間がいることは、本部町の未来につながっていく。
「公営塾には、東京の大学で学んで新卒で戻ってきた地元の子もいて。この4年間で少しずつ循環が生まれてきています」
「教育に興味があれば、ここで働いて学びながら、将来を考えてもらうのも大歓迎です。たとえ3年後に離れても、つながりはずっと続くと思うので」
公営塾で働いている伊藤さんも、働きながら将来を考えている。
東京出身で、名護市の学校で1年働いたあと、本部町へ。地理の教員免許を取るために、通信制の大学にも通っている。

「東京にずっと住むイメージが持てなくて。祖父母が今帰仁に住んでいたので、沖縄は身近な場所でした」
「海に入るのは実はそんなに好きじゃないんですけど(笑)、でも本部町は自分としてしっくりくる環境で、落ち着くんですよね。3年後もここで教育に関わっていけたら、といまは考えています」
公営塾では、役場で開校する中学生向けの「あおいろ楽舎」、本部高校の空き教室で開校する高校生向けの「チャレンジ塾」を運営している。
「今年は塾生の応募数が多かったんですが、誰も落とさないことにして。中学生だけで30名ほどいて、ここに高校生も加わります。どんな体制が良いかいまも模索中です」
「勉強の進捗やアクティビティの企画など、スタッフで話すことも多くて。4年間の積み重ねもありつつ、やり方は毎年変えています。そこが大変でもあり、やりがいでもありますね」

着任1年目に担当した、ある生徒のことを教えてくれた。
「部活と勉強を両立してがんばっている子でしたが、成績が伸び悩んでいて。とくに英語が苦手で、中1からやり直す必要があったんです」
本番3ヶ月前の時点でも成績は変わらず、志望校を下げるのはどうかと話があがった。
「でもその子が言ったんですよね。『将来大学に行きたいから、少しでも上の学校に通いたい。ダメでもいいからチャレンジしたい」って。それを聞いて後押ししたいと思ったんです」
公営塾は週に3回。塾がない日の学習計画を立てたり、必要な教材を考えたり。やれるだけのサポートをし、試験を迎える。
努力は実り、志望校に合格。
「結果が出てすごく嬉しかったですし、ここまで勉強すれば成果が出るんだって、ぼく自身も成長させてもらいました。教育への思いが強まるきっかけになりましたね」

大学受験を経験した人なら、公営塾での指導は大丈夫。
教育への思いも大切に、これまで教育に縁がなかった人にも来てほしい、と伊藤さん。
公営塾のスタッフは、副業でイラストレーターをしている人やアメリカからUターンした元英語講師など、経歴はさまざま。
学習支援がメインでありつつも、いろんな経歴の人がいることで、子どもたちの学びの幅は広がっていくと思う。
「民間の塾はとにかく勉強ですけど、ここは子どもたちの自主性を育むことも大切で。毎月のアクティビティでは生徒に混じってぼくたちも楽しむんです」
登山が趣味の伊藤さん。カルストなどの山を子どもたちと登る日もあるかもしれない。本部町がコースの自転車レース「ツール・ド・沖縄」にも、いつか出てみたいそう。
「今日は夕方にみんなでひまわりを植えて、水やりの当番も決めました。花が咲くのが楽しみですね」
子どもたちと関わるのが公営塾なら、先生や地域の人と魅力化を進めるのがコーディネーター。まもなく3年目を迎える藤巻さんに話を聞かせてもらう。
大学を卒業後、沖縄の放送局でアナウンサーとして活動。島内を回るなかで、本部町の人のあたたかさと土地の魅力に惹かれた。
結婚を機に首都圏へ戻るも、子育ての環境として、再び沖縄へ。

「いま住んでいる部屋から、海や瀬底島が見えるんです。都心はビルばかりなので、それだけですごく贅沢ですよね」
「今日は台風の影響で、ウミガメが産卵する砂浜を見学する予定がなくなって、美ら島財団の方に話をしてもらいました。『甲羅の縦の長さをなんというでしょう』ってクイズでは、子どもたちも大盛り上がりで(笑)」
コーディネーターの役割は、「総合的な学習の時間」を中心に、町内の小中学校と地域をつなぐこと。
授業の年間計画は大方決まっているものの、具体的なやり方は考えながら設計している。
「平和学習の一環で、沖縄戦を経験した方の講話があって。ただ、疎開や防空壕といった言葉は小さい子たちには難しいねという話になったんです」
そこで、まず6年生が戦争経験者へインタビューをして、低学年でもわかる内容にまとめ、事前に発表をしてから講話を聞く形にした。
「後日、感想を読んで、『戦争が起きないようにするには、友だちや家族と仲良くすること、ケンカをしないことが第一歩』と書いてくれた子がいて、少しは感じることがあったんだなと思って。先生たちも喜んでくれましたね」

自分が夢中で学んだことは、子どもたちの授業にもなっていく。
藤巻さんが昨年提案したのは、3年生の社会科で実施した「ススキのほうきづくり」。
きっかけは本部町の観光ガイド養成講座で、年配のガイドさんの話を聞いたこと。興味があれば、こうした機会で学びを深めることもできる。
「ススキを見ながら『昔はこれでほうきをつくったんだよ』とぽろっと話されたんです。えっ、ススキでほうきがつくれるの?って驚いて」
「自然のものだから、使い終わって捨てるときも自然にかえる。環境にも優しいですし、自分の手でものづくりをする楽しさを子どもたちに知ってもらいたいと思ったんです」
先生に相談すると好感触。社会科にある「昔の道具を知ろう」という授業で開催することに。
地域で民具づくりを教えている方を招き、事前につくり方を習った。当日は子どもたちのサポートに入り、ススキのほうきが完成した。

「自分が熱を持てるものを授業にするほうがスムーズで。『楽しそう』って気持ちは、先生や子どもたちにも伝播するし、結果的にいいものになる気がします」
「先生が楽しんで、授業をつくりたくなることが、私たちの第一歩。大人が楽しまないと、子どもたちにも伝えられないですから」
まもなく3年目を迎える藤巻さん、卒業後についても聞いてみる。
「できれば本部町に残りながら、首都圏と両方で仕事をつくっていきたくて、具体的な方法を考えはじめたところです。子どもが沖縄の方言を少しずつ話すようになってきて、こっちの生活も気に入ってるみたいですし」
教育と聞くと、知識を教えるイメージがあるけれど、本部町のみなさんは、子どもたちと一緒に自分も学びつつ、のびのびと生きているように感じました。
本部町という環境が、人をそんなふうに変えてくれるのかもしれません。
少しでも興味を持ったら、まずは気軽に話を聞いてみてください。
みんなで植えたひまわりも、もうすぐ芽を出す頃です。
(2026/6/24 取材 櫻井上総)


