コラム

0→1のわたしから
1→10のあなたへ

「ゼロイチ」という言葉があるように、何もないところから新しいアイデアの種を蒔くのが得意な人がいる。

一方で、そのアイデアの芽を育てていくのが上手な人もいる。「ゼロイチ」に対して「1から10をつくる」で、仮に「イチジュウ」と呼んでみよう。

自分の周辺でも、どちらのタイプにも思い浮かぶ顔がある。自分はどちらか、はっきり自覚のある人もいるかもしれない。

今、この「イチジュウ」タイプの人の力を必要としている町があります。

新千歳空港から車で35分ほどのところにある北海道厚真町。田んぼや牧場、夕暮れの空には渡り鳥と、北海道らしいロケーションが広がる町で、サーフィンを楽しみに訪れる人も多いのだとか。

この厚真町では、ここ数年で起業した若いベンチャー企業がいくつもあり、今それぞれが次のステップに進むための新しい仲間を必要としています。

そこで、任期終了後に各企業に就職することを前提として、さまざまな挑戦の芽を一緒に育ててくれる地域おこし協力隊を募集します。

今回は、新しいメンバーを迎えようとしている4つの事業者さん、それぞれに話を聞きました。

この記事で紹介するのは、自分の「好き」を仕事にするまでの、いわば「さわり」の部分。新しく入る人の働き方や役割など、もっと知りたいと思ったら、ぜひ一度町に問い合わせてみてください。

※今回はオンラインで話を聞かせてもらいました。写真は提供していただいたものを使用しています。

 

1.やっぱりお肉が好きだから 

(GOODGOOD合同会社・野々宮秀樹さん)

「もともと、お肉が好きでたまんなくって」

そう笑顔で話してくれたのは、GOODGOODの代表を務める野々宮さん。

もともと金融業界でキャリアを積んできた野々宮さんが、厚真町で取り組み始めたのは、なるべく自然な状態で育てた和牛を世界に発信していくプロジェクト。

達成予定は、100年後の2125年。

プロジェクトの背景には、「おいしい」の基準をデザインし直したいという思いがあった。

「日本で高級とされる霜降り和牛って、たしかに脂が乗っておいしいんだけど、人間だと脂肪がつくのは喜ばないですよね?でも、牛だとそれが喜ばれる。それってちょっと違和感あるなと。だったら、しっかり運動させた牛って健康的でいいんじゃないかと」

「このSNSの時代ですし生産現場をみてどんどん発信してほしいんですよね。僕らの牧場で牛がゆったりと歩き回っているのを見てると、きっと気持ちいいと思うし。もっと畜産の現場がオープンになれば良いと思っているんです。素材の生まれる背景を知ることが、食のよろこびにつながることもあると思うから」

動物としての牛が本来あるべき姿で、繁殖、出産し、成長していける牧場。そこで牛肉をいただけるような場所もつくりたい。

野々宮さんが「和牛メゾン」と呼ぶそのビジョンは、ワインの生産現場「テロワール」からヒントを得たもの。

ワインの世界では、ぶどうを育てる土壌や風土が、その味を左右する決め手として重視されている。同じように畜産でも、牛を育てる環境を育むことによって品質を高めていこうというコンセプトだ。

厚真に先駆けて事業をスタートした熊本・阿蘇の牧場では、IoTやドローンなどのテクノロジーを駆使し、少ないマンパワーで負担なく持続できる農業の形を探ってきた。

一方、厚真では丘陵地や森を開墾して、今まさに牧場をつくっているところ。来年からようやく試験的に放牧をスタートするという段階にある。

そもそも、なぜそんな険しい土地を選んだのでしょう。

「田んぼや畑、つまり人の食料をつくれる土地を牧場にするって、地球上の食料供給の視点から見るとナンセンスだと思うんです。今後、世界の人口増加に備えるためには、地球上の余白を使って放牧できる仕組みを探りたいから」

今後は、自社で培ったメソッドをなるべくオープンソース的に拡散していきたいという野々宮さん。国際空港からのアクセスがいい厚真町は、その点でもメリットが大きいという。

「世界の畜産を、和牛生産者の視点からアップデートしていくことで、この先ずっと美味しいお肉を食べられる世の中にしたい。そのために、今まさにゼロイチで事業をつくっている状態なので、今日は重機に乗って石を掘り起こしているかと思えば、明日はいきなり商談とか。そんな感じです」

「自然が相手なので、予定不調和が起きまくり。メンタルマッチョな人が必要なんです。畜産や新規事業開発の経験があるなら即戦力だけど、とにかくムードメイクだけはできますっていうのも能力かもしれない。だけど、やっぱりお肉が好きっていう人がいいですよね」

GOODGOOD合同会社 Webサイト

 

2.五感で味わう暮らし

(株式会社たのしい・堀田祐美子さん)

「誰かがよろこんでくれるのを見るのが、私にとっての“たのしい”なんだと思います」

会社名に込められた思いを尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。

10年前、結婚を機に厚真町に移住した堀田さん。家業である農園では、お米や麦、大豆のほか、シイタケやハスカップなどを栽培している。

もともと都市部でオフィスワークをしていたこともあって、最初は事務や経理などを手伝うところから農業に関わりはじめ、子育てが一段落した今は、ハスカップや原木シイタケの収穫・選別なども担当している。

「日の出とともに外に出て、日が暮れたら休む。ハスカップ畑にいると野鳥の声と近くの牧場の牛の声が聞こえてきて。おいしいお米や野菜の“味”もそうですが、五感をしっかり使う生活って気持ちいいなと思います」

子どもたちに働く姿を見せられることや、防災の面でも、農家という生き方の魅力を実感しているという。

「シイタケの原木栽培って手間がかかるんですが、森の香りがしておいしいし、食感も弾力がある。菌床栽培のものと一緒にフライパンで塩焼きにして食べ比べると、違いがよくわかりますよ」

「2018年の北海道胆振東部地震で、復旧の手伝いに来てくれた方たちも『堀田さんのシイタケおいしいね』ってよろこんでくれました。だけど、『どこで売っているの?』っていう質問にはうまく答えられなくて」

「市場に出荷すると、みんな同じパッケージでお店に並ぶから、『生産者番号17番が堀田です』って言っても見分けられないですよね」

お世話になった人たちをはじめ、もっといろんな人に直接野菜を届ける機会があれば。

そんな思いから会社を立ち上げた堀田さん。今は農園で採れたお米やしいたけ、トウモロコシなどの野菜と、乾燥しいたけなどの加工品を販売している。

直近の目標は、扱う商品のバリエーションを増やすことと、情報発信をすること。

野菜を使ったレシピや農家の暮らし、厚真の自然のことなど、食材を口にする人がその背景にあるストーリーを感じられるような方法を考えていきたいという。

「農家としてはつい、『いいものをつくっているから、どうぞ!』っていう思いを押し付けてしまいがちですが、ちゃんと受けとる側の気持ちを想像しながら届けていきたい。たとえば、若い人は乾燥しいたけに馴染みがないかもしれないから、手軽な使い方も一緒に提案してみよう、とか。いろいろ工夫していきたいです」

写真を撮ったり文章を書いたり、ブログやSNSでの発信に楽しんで取り組めるような人の力を借りたいという。

とはいえ、会社はまだスタートしたてで、分業できるほどの余裕はない。しいたけの収穫や加工などの現場作業と、ウェブコンテンツづくり、その合間に発送作業や伝票処理など、日々のタスクをこなす必要がある。

「楽ではないけど、楽しいですよ。目標に向かってちょっとずつ上を向いている手応えもありますし」

よろこんでくれる誰かの顔を想像しながら。おいしい、たのしい、を届ける仕事がはじまっています。

・株式会社たのしいWebサイト

 

3.ドライブついでに、会いに来て 

(株式会社オートリペア ナスノ・那須野 恭佑さん)

「子どものころから乗り物が好きだったんです。ラジコンの構造が気になって分解して。まあ、それで大体壊していたんですけど(笑)」

そんな那須野さんの話に、自分の子ども時代を懐かしく思い出す人もいるだろう。

整備工だったお父さんの影響で、車の仕事をはじめた那須野さん。今は厚真町と苫小牧市の二拠点で自動車の整備や中古車販売などを手がけている。

もともと勤めていた飲食の現場を辞め、お父さんが働いていた工場の経営を引き継ぐ形で会社の代表になったのは、26歳のとき。

経験豊富な先輩に囲まれ、会社のなかでは社長が最年少。まずは誰よりもたくさんの資格を取ることを目標に猛勉強したという。

「無口な職人気質というよりは、おおらかな人が多いので、今はすごく仲良くやっています。みんな車好きなので、当然話も合いますしね。スタッフは自分の車のメンテナンスにも工場を自由に使えるようにしているので、車好きにとってはすごくいい環境だと思います」

スタッフは40代以上を中心に、二拠点合わせて12人。そのうち3名は女性だという。

少ない人数ではあるけれど、整備、検査、塗装、ハイブリッド車の対応など、多岐にわたる国家資格を網羅するように有資格者が在籍しているので、幅広い事例にも対応できる。

「やっぱり、どんなに頑張っても規模では大手にはかなわない。だからこそ細やかなサービスを考えていきたくて。難しい相談も、まずは受けてみるようにしています。それが僕らの勉強にもなるから」

ときには、「ほかのディーラーでは廃車を勧められたんだけど」という車の修理相談が持ち込まれることも。

あるとき、お客さんから手紙が届いた。

「この前修理してもらった車は、子どもが生まれてずっと一緒に過ごしてきたもので、廃車にするのは忍びなかった。諦めずに相談してみてよかった、感謝しています、って書いて送ってくださって。その手紙は今でも大切にとってありますよ」

相手に寄り添うことを大切に、仕事を続けてきた那須野さん。

地道な努力がつながって、最近は地元厚真町だけでなく、全道各地から依頼がくるようになった。今、どんなスタッフが必要なのでしょうか。

「車業界の経験はなくても大丈夫だし、入ってからの勉強もサポートします。年代も性別も国籍も問いません。しいて挙げるなら、外国語かITに強い人だと助かりますね。これからもっと新しいお客さんと出会うために、情報発信の機会を広げていくのは大切だと思うので」

外国語というと、インバウンド対応や商談で、海外とのやりとりがあるのでしょうか。

「もちろんそれもありますけど、日本に住んでいる外国人の方が、車のことを気軽に相談できる窓口になれたらいいなと思って。きっと、言葉の壁があって困っていることもあるだろうから」

那須野さんの発想には、いつも相手に寄り添う気持ちが含まれている。

車を修理する用がないときにも、顔を見たくなる。そんなディーラーでありたいと話してくれました。

・オートリペアナスノWebサイト

4.ハスカップの恩返し 

(株式会社あつまみらい・山口善紀さん)

厚真町を日本一のハスカップ産地に。

都市部での会社員生活からUターン、家業を継いでわずか10年足らずで「日本一」という目標を達成した山口さん。今新たに、ハスカップを使った新しいスイーツづくりに挑戦しようとしています。

「ハスカップはもともと北海道に自生していたベリーで、育てるというよりは山菜のように採ってきて食べるものでした。塩漬けにしておかずにしたり、酢漬けにしたり。あとはジャムとか。用途は梅と少し似ています」

40年ほど前、勇払(ゆうふつ)原野の工業団地化が進むなかで野生のハスカップを守ろうと、苗木を農地に移植したのが栽培のはじまり。

山口さんのお母さんも、1000本ほどの木を農園に植えたという。

「ハスカップは一本の木ごとに実の味や色、大きさが違うんですよ。苦いのもあれば、酸っぱいのも、甘いのもある」

「栽培用になるべく苦いものを取り除こうと、僕と弟が小学生のころに一本一本、実を味見して、木に印をつけて。その作業を繰り返しながら、栽培技術も研究して、30年くらいかけて1000種類から30種類まで品種を絞ってきたんです」

さらに、その苗木を周辺の農家さんに分けることで、生産者の輪を広げてきた。

観光農園を訪れるお客さんからは「甘くておいしい」と好評を得ていたものの、野生のハスカップの味のイメージが根強い地元の人からは、あまり手が伸びなかったという。

「地域のお祭りで、ハスカップのかき氷を売ったら、子どもが『うわ〜、ハスカップ嫌だ!』って逃げていく。子どもに不人気っていうことは、将来需要がなくなってしまう。これはまずいなと思いましたね」

一度食べてみれば、その味のよさはわかってもらえるはず。

なんとか手に取ってもらえないかと開発したのが、生地に竹炭を練り込んだ黒いクレープ。

「黒いクレープって子どもの興味をそそるから、ハスカップの味の先入観より好奇心が勝つんじゃないかと思って。あとハスカップの赤いソースが生地につくと、アルカリの反応で青く変色する性質があるんですが、黒い生地だとそれが目立たないのも良かったです」

リベンジは成功し、お祭りでは毎年1000枚ほどを売り上げる人気商品に。

都市部の物産展に出店する機会も増え、少しずつ厚真町のハスカップのよさを伝える機会も広がってきた。

そんな矢先に起きたのが2018年の震災。ハスカップの木、約1万本が土砂に埋まり、命を失う仲間もいた。

「こんなときだからこそ、地元に恩返しがしたいと思いましたね。全国に厚真のハスカップを知ってもらうことで、地元の希望につなげたくて。積極的に全国の物産展に出て、ハスカップのソフトクリームなどを販売するようになりました」

いろんなお客さんと接するなかで、焼き菓子のように日持ちがよくて、お土産として持ち運べるようなハスカップのお菓子があればと考えるようになった山口さん。

今回の協力隊制度を活用して、スイーツづくりの経験があるスタッフを迎え、一緒に開発を進めたいという。

これが厚真町の“おいしいもの”です。そんなふうに、地元に誇りを感じられるような。

「地震があって厚真町っていう名前を知ってくれた人も多いけど、僕らは『震度7の町』で終わりたくないですから」

山口さんの挑戦は続きます。

・株式会社あつまみらい ハスカップカフェラボ Webサイト

 

「一緒に働いてみたい」「こんなことを聞いてみたい」など、質問や問い合わせは厚真町役場で受け付けています。

厚真町公式Webサイト

専用問い合わせ窓口

よければぜひ一度話してみてください。

また厚真町には、以前しごとバーで、みなさんのモヤモヤに一緒に向き合ってくれたエーゼロ花屋さんもいます。現在は商工会のメンバーとしても活動していて、この採用の相談にも乗ってくれるそうです。

(2021/3/10〜12オンライン取材、高橋佑香子)

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