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【最先端を走る島より:3】
大人だって留学したい 

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

学校を卒業したから、成人したから。だからってみんながすぐ大人になれるわけじゃない。

これから先、どうやって生きていくか。環境を変えて、いろんな人と関わりながら考えてみる。そんな時間があってもいいと思います。

島根県の沖合に位置する、隠岐諸島。

そのなかでも島前(どうぜん)と呼ばれる、海士町(あまちょう)、知夫村(ちぶむら)、西ノ島町の3つの島が今回の舞台です。

海士町にある島根県立隠岐島前高校では、10年以上前から教育魅力化プロジェクトに取り組み、教育を通した地域活性化を進めてきました。今では高校生に限らず、若者と島々の新たな関わり方も生み出そうとしています。

今回はプロジェクトの軸となる部分をコラムで、大人の島留学に参加した人たちの話をこの記事でと、2本立てでご紹介しています。下記バナーからコラムをご覧ください。

 

今回募集するのは、島前での暮らしを体験できる「大人の島留学」の参加者です。期間は1年間で、希望に応じて延長も可能。

島での住まいと仕事は用意されているので、スーツケースひとつで行くことができます。

これまでの参加者は、大学生から社会人まで、年齢も経歴もさまざまな人たち。

田舎や島での暮らしに興味がある方に、こんな一歩目の踏み出し方があることを知ってほしいです。

 

大人の島留学は、2年前から始まった制度。

教育魅力化によって隠岐島前高校の生徒数は増えたものの、卒業してから島に帰ってくることが少ない、という課題から、島に帰るきっかけの一つとして考えられたものだそう。

現在は卒業生に関係なく、全国さまざまな場所から大人の島留学生が参加している。

向かったのは、島前3町村のひとつ、西ノ島町。

海沿いには摩天崖と呼ばれる景勝地があり、ジオパークの観光で訪れる人も多いのだとか。

港から車で5分ほどの役場に移動して、大人の島留学生のおふたりに話を聞くことに。

まずは、川井田さん。今年の4月から大人の島留学に参加し、今は海士町で暮らしている。

「学生時代、アメリカに留学したんですけど、そこでゴミ拾いのボランティアをしたときに人生がひっくり返るくらいの衝撃を受けて」

「家の前にソファとか腐ったじゃがいもとか、いろんなものがごろごろ置いてあるんです。それをトラックに積みこんでいく。スーパーでもどこでも、物が多すぎるから物のありがたみがわからなくなって、地球環境にも悪影響を及ぼしているんじゃないかなって感じたんですよね」

帰国してからも、違和感を抱えたまま過ごしていた川井田さん。都市部の人材系の会社へ就職後は、その違和感と向き合う余裕もない、いそがしい日々のなかで、すっかり疲弊してしまった。

しばらくして、会社を退職。ちょうど見つけたのが、大人の島留学の募集だった。

「海士町のキーワードは、『ないものはない』。なくてもいいし、大事なことはすべてここにある、という意味が込められているんです。その過剰に求めない感じが、学生の頃感じていた違和感とも重なって、スッと自分のなかで腹落ちして。これだ!と思ったんですよね」

「仕事も用意してもらって、家具付きのシェアハウスも用意されていて、家具もあって。スーツケース一個で行けるって何!?って思って(笑)。それで応募しました」

週3日は大人の島留学を運営している島前ふるさと魅力化財団に所属し、大人の島留学の広報担当として、SNS運用などをおこなっている。それ以外の週2日は、海士町にあるホテルEntoの客室清掃や、リネン工場でタオルやシーツを畳む作業、岩牡蠣の養殖など、島の仕事を知るために、繁忙期に合わせていくつかの現場をサポートしている。

島に来てみて、どうですか?

「家の目の前も海で、気持ちいいです。一番感動したのが、岩牡蠣を磨くお手伝いをしたときで。牡蠣をドリルみたいな道具に当てて、一日中磨くんですよ。ずっと同じ姿勢でいるので、長い時間やると疲れちゃって」

「その日の業務を終えて帰ろうとしたときに、ふと外に出たら、めちゃくちゃ空と海と山がきれいで。疲れがぶっ飛んだんですよね。疲れがぶっ飛ぶってこういうことなんだって実感しました」

もう一つの仕事の広報で大事にしているのは、“普通の人”が大人の留学生として参加して、活躍しているのを伝えること。

「離島や地方で何か挑戦しに来る人って、ちょっと特殊なイメージがあると思うんです。けれど、特別なスキルや想いがある人じゃないと地方には関われない、と感じている人がいるとしたら、そんなことはなくて。もっと多くの若者たちに、大人の島留学や地方に関わることを選択肢に入れてほしい。そのためにも、みんなの普段の姿をありのまま発信するように心がけています」

川井田さんの住むシェアハウスがある地域は、ご近所付き合いも濃いそう。

「よくいただくのが、ごぼうの煮付けとイカの煮付け。だからお弁当は、ご飯いれてごぼうとイカ入れて完成!みたいな。すっごいありがたいです」

来年の3月で、川井田さんの大人の島留学は終わる。その後は、どんな計画なんですか。

「単純にここが好きなので、もうちょっといたいっていう気持ちが強いんですよね。なので、私はもう一年くらい島にいたいと思っていて。大人の島留学を延長するよりは、どこかで働かせてもらって暮らそうかなと考えています」

 

続いて話を聞いたのは、佐藤さん。川井田さんと同じく、今年の4月から海士町で暮らしている。

「兵庫県の西宮で生まれて、ここに来るまでほぼずっと地元に住んでいました。ただ、小さいときから見ていた景色が開発でどんどん変わってしまうことに、さみしさを感じていたんですよね。昔遊んでいた場所が高層マンションになっちゃうとか」

だからこそ、変化するまちのなかに「今も昔も変わらない帰る場所」があることの尊さを感じていたという。

「海士町に初めて訪れたきっかけは、大学のゼミのフィールドワークでした。そのときに、座談会で当日の大人の島留学生と一緒のグループになって、いろんな話を聞かせてもらったんです」

「印象に残っているのが、『海士町は地域自体がどんどん変わっていくけど、それは大事なものを守るため。守りたいものを守るために変わり続けているんだ』という話でした。地元が変わっていくさみしさを感じていた過去の自分とその言葉が、リンクした気がしたんですよね」

まちを守るために変わる。そのためにはどう考えて、どう動けばいいのか。

この島に来たらわかるんじゃないかと感じ、在学中ながら大人の島留学に参加を決めた。

「今は、週末島移住っていうツアーの企画運営を担当しています。移住を検討している人に、まずは地域のリアルを知ってもらおうっていうのが主旨で。島を自分の目で見て感じて、人と出会う。そんな機会が生まれるツアーを目指しています」

ツアーは、佐藤さん含む大人の島留学生ふたりと、役場や魅力化財団のスタッフで進めている。

コンセプトづくりから、ターゲットの設定、集客用コンテンツの作成に、参加希望者との面談、そして当日の引率と、最初から最後まで担っている。

「ツアーの企画なんてしたこともなかったので、最初はすごく苦労しました。しかも、私自身は滞在4ヶ月目の人としてしかお話ができないので、ツアーを通して誰と出会えるか、どのように地域の方々を巻き込んでいけるかが、すごくむずかしくて」

「でも来ていただいた方が、すごく良かったですって言ってくれて。地域のおばあちゃんのお家にうかがって、一緒にご飯を食べるプログラムがあるんですが、この前おばあちゃんに会いにいったら、参加者から届いた手紙を壁に貼っていて、すっごいうれしそうに話してくれたんですよ。しわが2、3本消えたって(笑)。参加者だけじゃなく、地域の方にも喜んでいただける瞬間はうれしいですよね」

暮らしは、都会と比べてどうですか?

「意外と大丈夫だなっていうのが率直な感想ですね。前はコンビニもウーバーイーツもバンバン使うような生活だったんですけど(笑)」

「商店が18時に閉まるのも、一見不便だと思われるかもしれないですけど、住んでみるとぜんぜん大丈夫。ないものはないですから」

佐藤さんは1年間の大人の島留学を終えたあと、本土で一般企業に就職することが決まっている。

それでも、海士町は地元とはまた違う、心に残る場所になっているそう。

「やっぱりこの島が好きだなって。一緒に働いている人も、仕事も好き。だから、しんどくなったときとか、仕事に埋もれて息できなくなったときに帰ってきたいなって思いますね」

最後に、大人の島留学に興味を持った人に向けて。

「迷ってるなら来たらいいよって言ってあげたいです。ほんとに、この島に来て損することってないなと思います。しんどいこともあるかもしれないけれど、そのときの自分ががんばってくれる。それが成長につながると思うので」

(2022/9/13 取材 稲本琢仙)

※撮影時はマスクを外していただきました。

大人の島留学を運営する島前ふるさと魅力化財団では、教育魅力化に携わるスタッフと、大人の島留学を支える財団スタッフも募集しています。あわせてぜひご覧ください。

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