舞台は、和歌山県田辺市。
世界遺産に登録されている熊野古道が通り、先には凛と佇む熊野本宮。
その玄関口となるのが扇ヶ浜。かつては海でお清めをして熊野古道へ向かう「潮垢離(しおごり)」という文化が根付いていました。
浜辺を背にして並ぶ通りには9つの商店街、少し南には国立公園がある鳥の巣半島があります。
今回は、「まちの中心街で空き家を活用した市街地のにぎわい再生サポート」、「海を活用した新たな地域資源の創出・発信事業」。それぞれに携わる地域おこし協力隊を募集します。
それぞれ所属先の組織で動くことになるので、3年後は所属先に就職してもいいし、任期中に事業を立ち上げて独立してもいい。
まちなかの資源をどう活用するか想像しながら、自分の生活も創造する。そんな暮らしをしてみたい人にはぴったりだと思います。
大阪から特急くろしおに乗って約2時間。紀伊半島に沿って南下していく。
降車駅まで残り10分ほどのところで、車内アナウンスが流れる。
「進行方向の右側に雄大な太平洋が広がってまいります。ここからは速度を落として運行いたします」
窓の外には果てしなく続く海。この日は曇っていたけれど、エメラルド色の海はきれいだ。
ほどなくして、JR紀伊田辺駅に到着。下車すると潮風なのか、湿度の高さを感じる。ここから車で3分ほどの田辺市役所へ。
まずは、たなべ営業室で係長を務めている丹田(たんだ)さんに話を聞く。
「田辺市は近畿一面積が広いまちで、それぞれの地域で暮らしも文化も違っています」
「田辺市といえば熊野古道。山や自然のイメージを持つ方が多いんです。移住相談に来る方も、そういった山間部で暮らし、子育てなどをしたいという人がほとんど。でも実際は、海岸部のまちなかに移住される方のほうが多いんです」
中心市街地があるのは、JR紀伊田辺駅から地元の老若男女が集まる扇ヶ浜までの地区。歩いて10分ほどの距離だ。
市街地には、9つの商店街や味光路と呼ばれる200軒ほどが並ぶ飲食店街がある。扇ヶ浜は、ファミリービーチとして人気の海水浴場。地元で採れた食材や住民がつくった雑貨など、70店近くが出店する弁慶市が毎月開催され、県内外からの来場者でにぎわう。
生活も遊びも充実しているため、住みやすい。
「かつてはにぎわっていた商店街も今はシャッター街になってしまっていて。でも、駅前は新しいお店が少しずつオープンしたり、イベントでは地元の若い人、移住者も加わって盛り上げようと頑張っています」
大切な玄関口を守りたいとまちづくり会社を立ち上げ、施設を整備したり、イベントを開催したり。住民と行政が力を合わせてきた。
「関係人口を増やすことが必要だと感じていて。町の魅力を楽しむ視点の提案や仕掛けづくりが重要だと考えています」
「というのも、JR紀伊田辺駅周辺の市街地は、熊野古道の玄関口として観光客が訪れるまちなんですね。でも、みんな熊野古道へむかってしまい、まちとの接点がつくれていない。なので、熊野古道のほかにも、楽しめるような場所を用意する。そんなアイデアの創出や企画の実行など、これから加わる協力隊の方に手を貸してほしいと思っています」
今回募集するのは、まちなかの地域でおこなうふたつの事業。
ひとつは、中心市街地での空き家活用。もう一つは漁業と体験活動を組み合わせたブルーツーリズム。
「それぞれ関係人口を増やすために活動されているのですが、共通する課題が、人材不足で担い手がいないこと。新しく入る人には、すでにまちで活動しているプレイヤーと一緒に、アイデアを具体的な形にしていってほしいんです」
ここからは、ふたつの事業についてそれぞれ紹介する。
まずは空き家活用について話を聞くために、「tanabe en+(タナベエンプラス)」に向かう。
紀伊田辺駅の目の前にあるこの施設は、1階にカフェとマルシェ、2階にワークスペース・レンタルスペースが併設されている場所。
運営しているのは、南紀みらい株式会社。地域の活性化を目指す第三セクターのまちづくり会社だ。
「駅に着いて、まず目に入るのがタナベエンプラス。ここを拠点に中心市街地に人の流れを取り戻していきたい」
そう話すのは、南紀みらい株式会社で働く片岡さん。駅前商店街を歩きながら話を聞く。
人口減少とともに空き家の数も増え、商店街の活気も失われつつあった田辺市。
南紀みらい株式会社は、タナベエンプラスや古民家を改修した一棟貸しの宿をつくることで、まちを盛り上げようと取り組んできた。
「最近は地元の若い人が駅前商店街におにぎり屋を開いたんです。インバウンドの影響で海外のお客さんもずいぶん増えました。その客層をターゲットにしたお店ができてきています」
商店街には個人商店のほか、お寺や町家が並ぶ通りもある。それぞれに特徴があるため活かす方法もたくさんありそう。
「今回協力隊として加わってくれる人には、中心街にある空き家を見つけて、使い手とつなぐ役割を担ってもらいたいです」
「ただ、いきなり地域の人の話を聞いたり、空き家を探したりするのは難しいですよね。まずは一緒に挨拶回りをして、タナベエンプラスでのイベントや南紀みらいのほかのプロジェクトにも加わってもらいつつ、雰囲気を味わってもらうところから始めてもらえたらと思っています」
慣れてきたら空き店舗、空き家の状態調査。一軒一軒周りながら、マップをつくって可視化したり、空き家活用のアイデア出しや発信をしたりなど、できそうなことからチャレンジしてみるのがよさそうだ。
「僕らは、ここを拠点にいろんな人たちがまちに流れていく。それを信じて多くのマルシェやイベントを主催してきました。そうしたら出店者同士が仲良くなって、自分たちでマルシェを企画、開催してくれて。そんな状況をどんどんつくっていきたいですね」
「3年間のうちに、自分で事業を立ち上げて、ゆくゆくは独立してもいいと思っています。田辺市は、熊野本宮大社に参拝するために昔からたくさんの人が集まってきた場所。とくにまちの入り口である紀南地方は外の人を受け入れてくれる雰囲気があると思っていて。僕らが潤滑油になってサポートしたいですね」
そして今回募集するもう一つの仕事が、漁業と体験活動を組み合わせたブルーツーリズム。
詳しく話を聞くため、市街地から車で20分ほどの新庄地区へ。
車通りの多い道から一歩小道に入ると、一気に海が広がる。そこにポツンと小さな建物を発見。ここが新庄漁業協同組合が運営する「漁業等体験・交流施設」だ。
「ここでは釣り場のほかに、イカダがあってカキの養殖をしています。スペースはあるけれど、まだ全然活用できていないんです」
そう話すのは、新庄漁協の組合長の橘さん。穏やかで、まちのお父さんのようなあたたかな雰囲気を持つ方。
釣り場がある鳥の巣半島は新庄地区の一部で、田辺湾の奥まった海岸線と豊かな緑に囲まれた地域。液状化した泥岩が固まってできた岩脈は、地質学上貴重なものとされ、国の天然記念物にも指定されている。
鳥の巣地区も高齢化が進み、現在はわずか15世帯ほど。担い手の減少により、新庄漁協も存続が危うくなっている。そこで関係人口を増やすべく、取り入れたのがブルーツーリズムだった。
ブルーツーリズムとは、漁村に滞在し、さまざまな漁業体験や自然文化に触れ、地元の人々との交流を楽しむ活動のこと。
「イベントを企画すると観光客の方がたくさん来てくれて。でもどうしても人手が足りなくて継続できていないんです。あとは県内でも魚が獲れなくなって漁業が衰退してきている。それに代わるものをつくっていく必要があると思っています」
70年以上続く新庄漁協。橘さんが組合長になり、漁だけでなく新しい企画にもチャレンジしてきた。
昨年開催したのはモニターツアー。
「近所でシーカヤックのガイドツアーをしている会社さんとコラボして。周辺の海をカヤックに乗って、うちが養殖しているヒロメというワカメを収穫、そのまましゃぶしゃぶにして食べる体験ツアーをしました。人もたくさん集まってくれて、うれしかったですね」
釣り場の運営は、朝の6時から夕方の16時までのシフトを従業員でローテーションしている。地元の常連さんがいたり、観光客が訪れたりしており、協力隊として加わる人にも運営を担ってほしい。
「夏と冬には1ヶ月かけて、養殖したカキを収穫して一つひとつ掃除してから販売していきます。冬は4、5万個ぐらいを収穫しないといけないので、その手伝いもお願いしたいですね」
「それ以外の時間はブルーツーリズムの企画立案のために自由に使ってもらっていいと思っていて。カヤックとかダイビングとか、何かアイデアがあれば設備の費用は負担したいと思っています。漁業だからって必ずしも漁をしてくれとは思っていなくて。組合の存続やお客さんのためにも、どうにかして知恵を絞ってもらえたらうれしいです」
魚釣りや漁に興味があれば、釣り場の運営をしながら漁について行ってもいい。釣り場の施設には、まだまだ活用できていない場所がある。
たとえば自分で獲った海の幸を調理できるような調理場、キャンプができるテントサイトをつくってみるのもいいかもしれない。
興味次第で、いろんなことができる可能性があるので、妄想を膨らまして橘さんに相談してみるといいと思う。
「うちの組合員さんって、半農半漁が多いんです。漁業は専業では難しくなっているので。ここだと梅とか米とか、ご近所さんの手伝いに行ってもいいんじゃないかな」
そんな暮らしをしているのが、組合理事の中嶋さん。サラリーマンを定年退職後、本格的に漁業に従事。今は半農半漁をしながら暮らしている。
せっかくなので、カニ網漁を見学させてもらうことに。
日付は変わって朝7時。
釣り場に集合し、小型船に乗って出発。前日に仕掛けたという網のもとへ向かう。
朝日と潮風が気持ちいい。誰もいない海を走る優越感もある。
狙うはタイワンガザミ。ひと網に多くて5匹ほどかかる。
海の底から、よいしょ、よいしょと自らの手で網を引き上げる。
わっ!いきなりタイワンガザミ!
そのあとは、コショウダイやエイ、小さなサメも。中嶋さんが手際よくカゴに入れていく。
「こうやって実際に見てみると楽しいでしょう。自分で体感しないとわからないですよね」
「GWとか夏休みは、家族連れのお客さんが多い。こういう体験を味わう機会を増やせたら、もっといい場所になると思うんです」
組合長の橘さんも続ける。
「ここ一帯は高齢化が進んでいて、若い人が少ないんです。これから新しく来てくれる人のフレッシュなアイデアを取り込んで、さまざまなことに挑戦していきたいですね」
熊野古道への玄関口。
昔から残る商店街の街並みに、豊かな海の幸など。地域のポテンシャルは十分にあると思います。
関係人口を増やすために、これらの資源を使ってどんなことができるだろう。そんな挑戦にワクワクした人は、チャレンジし甲斐がある仕事だと思います。
(2024/07/20,07/21 取材 大津恵理子)