長野・塩尻にある大門。
古くから交通の要所だったこの土地は、贄川(にえかわ)宿や奈良井宿がある宿場町への玄関口。商店街も発展し、人のにぎわいが絶えない場所でした。
ただ、40年ほど前に駅を移転し、人の流れが変わりシャッターが目立つエリアに。
それでも、老舗の和菓子屋や精肉店といった個人商店が点在し、図書館や子育て支援施設を備えた「えんぱーく」や、複合商業施設「ウイングロード」など、地域の暮らしを支える拠点も残っています。
そんなまちに、少しずつ新しい風を通してきたのが、しおじり街元気カンパニー。
「街カン」と呼ばれ、第三セクターとして空き家・空き店舗の再生、移住相談をはじめ、複合商業施設の管理など、幅広くまちづくり事業を担ってきました。
今回は、人と人、人と場所をつなぐコーディネーターを募集します。
まずは、地域おこし協力隊として3年間、移住者の集まるコミュニティや商店主、地主さんなどに話を聞き、それぞれの想いや挑戦したいことをつなげていきます。
卒業後は、街カンへ加わる道も開かれています。課題も希望も入り混じるまちの今に飛び込み、自分の手で変化を起こしたい人には、ぴったりの場所だと思います。
新宿から特急あずさ号で2時間半。塩尻は松本の一歩手前にある。
駅の構内にはリノベーションしたワインバー、外にはカフェとしても利用できるお土産屋さんなど、ふらりと立ち寄れる場所もある。
駅から歩いて5分ほどの商店街には、商業ビルや住宅、個人商店などが集まっているけれど、雑多な感じはなく落ち着いた雰囲気。通りも大きく広々としていて、気持ちがいい。
そのなかに、一面ガラス張りの大きな建物を発見した。
ここは、2010年に開館した「えんぱーく」。図書館や子育て支援センター、市役所のオフィスの一部としても使われている複合施設。街カンの拠点もここにある。
2階の会議室へ移動し、話を聞いたのは代表の藤森さん。
以前は、塩尻市役所の職員として、駅周辺の開発や、えんぱーくの構想から実現などを先頭に立って進めてきたまちおこしの立役者。今回、協力隊として加わる人は、藤森さんと一緒に活動していく。
取材をするのは2回目、朗らかな表情で迎えてくれるので安心する。
「公共と民間の複合施設などさまざまな建物を担当してきたけれど、建物だけで人の流れが生まれるわけではないんですよね。今必要としているのは、まちを動かす人なんです」
「正直、年齢的にあと3年は頑張れるかなって気持ちがあるんです (笑)。今私ができることは、人を残すことだと思っています」
大門は、金融機関や病院、ホテルやコンベンション施設など、塩尻市の公共施設が集まっている中心市街地。
暮らすにはちょうどよく、都市部へのアクセスのよさから移住者も増加。リノベーションした古道具屋さんや元ギフトショップを改装した滞在型交流拠点など、新たな施設もできはじめている。
けれど、商店街の高齢化により、シャッターが降りているお店はまだ多い。
そんな大門で民間と行政のあいだに立ちまちづくりに関わっているのが、街カン。
空き店舗を活用するにも、所有者との関係構築から建物の現状確認、法規対応、テナントのマッチングまで、見えない仕事が山ほどある。
「街カンは、裏方でまちのハード面を支える仕事。派手なことは何もなくて、地道に信頼を築いていくしかない。でも、私はそういう仕事が嫌いじゃないんです」
これまでは、空き家の活用などハード面でのまちづくりに力を入れてきた街カン。これからは、さらに地域の人たちをつないでいくソフト面でのまちづくりにも取り組んでいきたい。
「大門では、いろんな人が想いを持ってまちづくりをしている。個人個人での取り組みやイベントも始まっているけれど、まちとしてのまとまりがないんです。次の段階として、まちへの想いを持っているプレイヤーをつなげて、まち全体をブランディングする必要性を感じています」
そのために、今回新しく協力隊を募集することに。まちのつなぎ役として、地元の人の声を聞き、移住者や若い人たちの挑戦に寄り添いながら、小さな変化をつなげていく存在になる。
「不動産については街カンにプロがいる。そこは任せてもらって、まずは、挨拶回りや地主さんとの交渉など、私の仕事に同席してもらって顔を知ってもらうことからはじめてもらえるといいと思います」
「信頼って、すぐには得られない。何度も顔を出して、ちゃんと話して、ちゃんと動いて。それを繰り返すうちに、少しずつあの人ならって思ってもらえるようになる。そういう地道なこともきちんと取り組める人が来てくれたらうれしいです」
市も中心市街地活性化プロジェクトを立ち上げ、街カンをはじめ、民間・行政・地域住民が連携する動きが進んでいる。
その一つが、街カン主催の「大門まちづくり共創会議」。地域の人や移住者、行政職員など30人以上が集まり、まちの未来を語り合う場となった。
「そんなに集まるとは思っていませんでした。たくさんの人が熱量を持っていることを知れてうれしかったし、力を合わせたらもっと大門の面白さを引き出せると感じました」
官民が連携しながらも、主役は地域住民。
協力隊として加わる人には、この共創会議の運営も業務のひとつ。人と人をつなぎ、小さな変化を束ねていってほしい。
まちにはどんな人がいるんだろう。
次に話を聞いたのは、移住して6年目の草野さん。長野・安曇野出身で、以前は大阪で13年間働いていた。
現在は、「シビック・イノベーション拠点 スナバ」の運営、NPO法人でのキャリア教育に加え、昨年、塩尻大門マルシェや駄菓子屋を営む会社「e-yo(いーよ)」を法人化。自分なりのスタイルで、活動の枝葉を広げている。
「とりあえず1年くらい行ってみよう、と気軽な気持ちで移住したんです」
「移住して気づいたのは、塩尻って何かやりたいときに一緒に考えてくれる人が多いこと。私はそこに惚れ込んでいるので、自分もその一助になれたらと思って活動を続けています」
草野さんにとって移住の背中を押してくれたのが、スナバの存在だった。
コワーキングスペースとしての機能を持ちながら、アイデアや事業を進めていくための伴走支援もおこなっている場所。
「大阪で働いていても帰省で長野には定期的に帰ってきていて。仕事ができるコワーキングスペースやコミュニティを探していたときに、スナバの存在を知りました」
「そこから利用しはじめて、行くたびに『塩尻にいつ引っ越すの?』ってみんなが声をかけてくれて。だんだんその気になって」
スナバのメンバーから引越し先を紹介してもらったこと、勤めていた会社から独立しようと考えていたことも重なり、思い切って移住を決意。
スナバをきっかけに開いたイベントが「塩尻大門マルシェ」。
草野さんが発起人となり、移住して1年目の2020年からこれまで、25回開催してきた。
最近の開催では、1日で50組もの出店者、2000人以上の来場者が集まった。出店者は、実店舗を持つ人もいれば、趣味の延長線上として個人で出店する人も。年々規模も大きくなっているという。
ほかにも、地域事業者のインターンの受け入れや、商工会議所青年部のワインバー出店を手伝ったことも。
「『よかったらこっちも手伝って』って、どんどん輪が広がっていくんです。行く先々でみなさん話を聞いてくれて。『このあと、飲み会あるけど行く?』と誘ってくれて、いつの間にか知り合いが増えましたね」
一歩こちらから地域に入っていくと、巻き込んでくれる人たちは身近にいるんだと思う。新しく入る人も、お祭りやイベントなどをきっかけに、関係性を築いていけるといい。
今年の5月には、だがし屋兼カフェをえんぱーく内にオープンさせた草野さん。
ゆくゆくは、自分の料理を振る舞ってみたい人がランチを提供したり、子どもが一日店長としてお客さんと触れ合ったり。地域の誰もが小さな一歩を踏み出せる場所にしていきたいという。
「ポコポコと新しいチャレンジが生まれていく、それがこの土地らしさだと思うんです。1人で100歩進むより、100人で1歩進めてくれる、そんな人が来てくれたらうれしいですね」
最後に話を聞いたのは、地元で商店を営む松尾さん。
大門で1904年創業の「いちた」という総合衣料品店を6年前から受け継ぎ、中心市街地活性化のプロジェクトメンバーにも入っている。
大学で上京し、卒業後は松本市内に就職。6年前に家業を継ぐために地元へ帰ってきた。
「帰ってきたら、全然人がいなくて驚きました。小さいころは両親と一緒に店番をしていて。お店の外を眺めると人がたくさん行き交っていたんですよね」
「今だと、買い物や遊びに行くとしたら松本へ行く人が多い。そのなかで大門がこの先どうなっていくんだろう、という不安を感じたんです」
まちの変化に危機感を持った松尾さん。
「100年以上続く家業を残したいという気持ちがあるので、この先もずっとこの土地に居続けるつもりでいます」
「そのためには、まちを元気にする必要がある。自分にできることとして、まずはお店に人を呼び込むイベントを開催することにしたんです」
東京からシューズブランドを呼んで販売会をしたり、月に一度催事を開くようにしたり。これまで取り組んだことのなかったイベント開催にチャレンジした。
「とても小さなことかもしれないけれど、お店をきっかけに人が集まってくれたら、まちのにぎわいにもつながるはずだと思って」
小さなことでもまずやってみる。このまちには、そんな風土ができていると思う。
「僕と同じようにまちを盛り上げようとしている商店主さんはたくさんいます。ただ、お店を守りながら地域のことに取り組むのは簡単ではないんです」
忙しくて動けなかったり、若い人の取り組みに疑問や壁を感じてしまったり。
「でも、地元の人は新しい動きに収益性や継続性の面で心配しているだけで、本当は応援したい気持ちを持っていると思います」
「実は僕自身も、最初は移住者の活動に少し心配になったことがあるんです。でも草野さんやほかのプレイヤーさんと関わるなかで、新しいパワーと地元の人の連携が、このまちにとって必要なものだと実感したんです」
お互いにまちを盛り上げたい気持ちは共通しているけれど、共有する場が少ない。
新しく加わる人は、移住者と地域の人が気軽に話せる場所づくりなど、橋渡しとなる仕掛けを考えていってほしい。
「僕自身も、まちの賑わいのために何ができるかまだ模索中ですが、地元で商売をしながらいろんな人とつながってきました。だからこそ、新しく協力隊になる人へ人を紹介したり、一緒に何かを始めたり、つなぎ役にもなりたいと思っています」
何十年もかけてまちの土台を築いてきた人。外から来てまちに風を通した人。地元で暮らし、世代と世代をつなごうとしている人。
このまちには、すでに挑戦している人がいる。
想いをつなぎ、育てて、点と点が線になっていく。
つながったあと、まちがどう変化するのか。わくわくしたなら、ぜひ一歩を踏み出してほしいです。
(2025/04/24 取材 大津恵理子)