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リノベーションのいろはが
よく見える
アシスタントという特等席

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「うちの街にはプレイヤーがいない、ってよく地方都市で聞くセリフですが、それは当事者意識の欠如なんです。どんなに小さな事でも自分自身ができることを考え実行する。そうすれば、その行動に対して共感する仲間が増えて、おのずと能動的なコミュニティが成長していくんです」

そう話すのは、ブルースタジオの専務取締役で、クリエイティブディレクターの大島芳彦さん。

ブルースタジオは、ハードとしての建築物だけでなく、そこにあるべきコンテンツや、ビジョン、地域のブランディング、事業企画・運営まで包括的にデザインするチーム。

住民同士が一緒に育てる賃貸住宅「青豆ハウス」や、若手アーティストの活動拠点として再生された西調布の商店街。木造賃貸アパートを学生と一緒に住みこなす仕掛けづくり、団地再生など。リノベーションという言葉がまだ一般に浸透していないころから、さまざまな事例を手がけてきた。

大島さんはさらに、日本全国でリノベーションスクールなどのワークショップや講演会を通じて、ノウハウをシェアし、実践者を増やすことに取り組んでいる。

今回は、その秘書あるいはアシスタントとして、仕事をサポートする人を募集します。

大島さんやブルースタジオの仕事を間近で見て学びたいという人にとっては、とても刺激のあるポジション。今回は合わせて、広報担当も募集します。



ブルースタジオは、最近そのオフィスを東京・築地に移転したばかり。

それまでは、東中野で20年近く活動を続けてきた。

東中野は、大島さんの生まれ育った街でもあり、今のブルースタジオの方向性を見出す転機になった場所でもある。

まずはそのルーツについて聞かせてもらう。

「僕の実家は、東中野で貸しビル業をやっていました。父はずっと『家業のことは気にするな』と言っていたし、僕はものづくりがしたくて美大に進学しました」

当時はバブルの真っ只中。スター建築家が造形的な作品を発表し、注目を集めていた。

そんな時代の空気のなかで建築を学んだ大島さん。在学中からバックパッカーとして世界を旅し、卒業後は海外留学などを経て28歳で帰国。大手の設計事務所に入社した。

お父さんからビル経営の悩みを相談されるようになったのも、そのころ。

「ビルの老朽化で雨漏りがするとか、空室がうまらないとか、家賃を滞納している人がいるとか、そんな話です。僕はそのとき、コンペで勝ち取ったイタリアの大学設計に関わっていて、親父の愚痴には、正直あまり興味を持てませんでした」

現場に足を運んでみると、そこにあったのは10坪たらずで和室2DKの狭くて暗いファミリー向け賃貸。

40年前のライフスタイルが、取り残されているかのような時代錯誤を感じたという。

「これでは、人が住まなくて当然だと思いました。ただ考えていくうちに、これは個人の問題じゃなく、現代社会が抱えている課題なんじゃないかと思うようになったんです」

「成長する時代に量産された社会環境を、どう受け継ぐべきか。高齢化や環境問題が深刻化していくなかで、これからは建築も街も新しくつくることだけではなく、今あるものをどう使いこなすか、っていう発想が求められるようになるはずだと」

大島さんはその後、大学時代の友人である大地山博さんが2年前にグラフィックデザイン事務所としてスタートさせていたブルースタジオに合流。最初の事例として、前出の東中野の賃貸マンションのリノベーションに取り掛かる。

新たなターゲットを若い単身者とし、間取りはオープンキッチン付きの1LDKに変更。完成した空間には家具などを持ち込んで写真を撮り、モデルルームとして暮らしのイメージを伝えるウェブサイトも製作した。

すると、今まで賃料を下げても空室がちだった部屋に、クリエイターなど新しい層の入居希望者が現れた。

「問題は建物の古さじゃなくて、社会の変化に合わせたマーケティングとマネジメントができていないことだったんです」

時代が変われば、街も変わる。住宅地だったところにお店ができたり、オフィス街が商業地になったり。

それに合わせて、建築のコンテンツも変わっていく必要がある。

「ハードだけではもう解決しないっていうのは、地方や郊外に行くほど痛感します。だけど、それはいずれ都心部にも広がる課題だと思います」

大島さんが今、重視しているのが「なりわい居住」という暮らし方。その事例のひとつが、東京・武蔵野市に昨年秋竣工した。

市の北部は1960年代からバブル期にかけて開発されたかつての新興住宅地。当時戸建てを購入した世代を中心に高齢化がすすみ、孤立も問題になりつつある。新しい大規模分譲マンションには若い子育て世代もいるけど、共働き世帯が多く、住民同士や地域住人との交流も接点がない。

「JRの駅前は再開発が進んでいるけど、かつて団地のなかにあったような商店街は姿を消し、地域のコミュニケーションの機会も減っている。生活者の主体性なく利便性ばかりを追い求め、いろんなものを消費していくだけでは、地域としての魅力や個性は失われるばかりです」

なにか、住民の交流を生み出すハブのような場所があれば。

そこで大島さんたちは、路線バスを運営する鉄道子会社と共同で、バスの終着停留所の折り返し所だった場所に新しい集合住宅を企画。

賃貸集合住宅でありながら、その一部で小商いができる。暮らしと「なりわい」が共存できるモールのような住居空間。

竣工から2ヶ月ほどで、このコンセプトに共感する入居希望者が現れ、お惣菜屋さんや古本屋さん、コーヒーショップなどいろんなお店がオープンすることに。

商業地に比べ賃料が安く、周りにコアなファンをつくりやすいという点で、住宅街はチャレンジしてみたい人にとって可能性を秘めた場所。

また、そこにお店があることで、地域にコミュニケーションが生まれていく。

その関係を育むために欠かせないのが、中間領域の存在。外から丸見えの土間、玄関前のポーチや庭、ベンチなど、みんなで共有できるスペースや仕掛けを色々なところに設けることで、挨拶や会話を通して、自然とお互いを知る機会も増える。

その分、普通の家よりもプライバシーは低くなるので、それを嫌がる人には選ばれない。コンセプトを明確に設定することで、価値観に共感する人たちが積極的に集まり、自らその場所を育ててくれる。

ブルースタジオの仕事は、この20年の間で大きな広がりを見せている。

地方都市中心市街地の再生、郊外の団地の再生、老朽化と更新の時期を迎えた公共施設の再生など、社会課題につながるプロジェクトも多い。

大島さんは、社内外で進行するいくつものプロジェクトのマネジメントと並行し、さらに新しい情報収集ときっかけづくり、講演会、ワークショップの活動と、とにかく忙しい。

新しく入る人の重要な役割のひとつは、そのスケジュールをうまく管理していくことだ。

「スケジュール管理をしようにも、僕と同じ視点でプロジェクトや、社会そのものを俯瞰しないと優先順位もつけられないと思うので、まずはブルースタジオの仕事に興味を持って好奇心を活発にしてほしい。機械的に処理するだけではうまく回らないと思います」

ある意味、その人が大島さんの分身になる、みたいな意識があるといいのでしょうか。

「そうかもしれないですね。今回の募集は2パターンの可能性があると思っていて。ひとつはある程度年齢も高く社会経験も豊富で、いろんな交渉に慣れている人。もうひとつは、向学心のある若い人が僕の専属アシスタントとしてその役割を担うかたち。」

「不動産、建築、まちづくり、プロモーション。ブルースタジオのプロジェクトは、そのすべてが社会課題の解決を目指すもの。好奇心と探究心、そしてフットワークが肝心です。僕たちの仕事に興味を持って取り組みたい人なら、経験は問いません」



現在、大島さんの秘書を務めているのは、入社16年になる平尾さん。よく通る朗らかな声を持つ方で、以前はイベント司会の仕事をしていたこともあるという。

「臨時で大島の秘書をしていますが、本業はブルースタジオの経営企画管理です。今なにかと人手が足りず、古株の私があれこれ兼務していて。仕事量でいうと3〜4人分くらいやっている気がします(笑)」

そのなかには今回秘書と合わせて募集する、広報の仕事も。

物件の竣工や新しいプロジェクトの発表に合わせて、プレスリリースを討ち、写真撮影の手配やインタビューをし、自社WEBメディアに掲載。外部メディアからの取材希望があれば、その調整役も担う。いわばブルースタジオのスポークスパーソンだ。

「秘書も広報も、同業種での経験は必須ではありません。うちには今までパソコンを使ったことがなかったなんていう人もいるし。秘書に関しては特に、デスクワークよりサービス業、たとえば、居酒屋で働いたことがあると、その経験が活かせると思います」

居酒屋ですか。

「居酒屋って、いろんなテーブルを同時に見て、このお客さんは飲むのが早いなとか、グラスが空きそうだから次のオーダーが入るかなとか予測して動く気配りが大事ですよね。その『想像力』と『準備力』は、秘書の仕事に近い気がします」

打ち合わせに同席するときは、大島さんの言葉だけでなく表情も見て、その真意をたしかめる。指示がなくても自分から準備ができる想像力があるといい。

「たとえば、大島が交換した名刺のチェックをするとき。もらった名刺が多ければ、それだけストックが減っているということですよね。じゃあ次の名刺を渡しておかないと、って些細なことにも気づけるかが大事です」

一方でどれだけ慎重にスケジュールを調整しても、大島さんのもとには頻繁に急な仕事が飛び込んでくる。そのときは自分で調整役を担わなければいけない。

それぞれが〆切を抱える仕事なので、スケジュール変更の相談には緊張感が漂うこともある。年長者やベテランのスタッフ相手に物怖じしすぎると、自分がストレスを抱えることになる。

「大島はよく『そういうときは、僕を悪者にして!』って言ってくれますし、『ごめんなさ〜い!』って、割り切って笑顔でさばいていく気持ちも大事。性格的に気にしやすい人は、そこが難しいかもしれませんね。ある程度のタフさも必要です」

大島さんのすぐそばで、いくつものプロジェクトの進行を見守る秘書の仕事。

特定のプロジェクトマネジメントを担うよりも多くの事例に触れられるので、刺激は多く目は肥えるし人脈はどんなスタッフより広がるという。

「プロジェクトの企画を見たときに、大島だったらどう考えるかな、って考える癖がつくんです。そばで意見を聞いていると、知識や感性も磨かれていく。ゆくゆくは、そこから自分なりの考えが持てるようになるんじゃないかと思います」

トップと同じ視座でものを見て、その考え方を吸収していく。

忙しい人と歩調を合わせるということは、それだけハードな日々になるかもしれませんが、得るものは大きいはずです。

(2021/12/16 取材 高橋佑香子)
※撮影時にはマスクを外していただきました。

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