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自分の手が届く規模の山に、定期的に足を運ぶ。
木の生長に合わせて、必要なぶんを伐る。
伐った木の端材は、スツールにしたり、草木染めの材料にしたり。
使う重機も最小限に、少しずつ手を入れて。山への負担を抑えながら、持続的に関わる林業のかたちを、「自伐型林業」といいます。

森林率が80%を超える高知県。中西部に位置する佐川町は、自伐型林業の先進地として知られています。
今回は、地域おこし協力隊として自伐型林業に取り組む仲間を募集します。
林業の経験がなくても大丈夫。3年間の任期のなかで、資格の取得から施業技術まで、ゼロから学ぶことができます。
編集、絵画、農業など。自伐型林業と組み合わせて、自分なりのライフスタイルを築いている人も多いまち。
自然に関わる仕事がしてみたい。でも林業ってちょっとハードルが高い。そう感じている人に、知ってほしい世界です。
佐川町は、高知駅から汽車に乗って約1時間。特急を使うと30分ほどで到着するため、高知市街地からアクセスしやすい。
佐川駅のホームに降り立つと、山に囲まれていて少し涼しく感じる。
ここは、NHKの連続テレビ小説「らんまん」で、主人公のモデルとなった植物学者・牧野富太郎博士の生まれ故郷でもある。
川沿いを歩き、10分ほどで見えてきたのは佐川町役場。

昨年も、佐川町を訪れて自伐型林業について取材した。
印象的だったのは、役場の方と協力隊のみなさんが仲良く話し合っていたこと。
今回は役場で林業分野を担当している岡林さんに話を聞く。協力隊の万が一に備えて自らもバックホーの資格を取るなど、協力的にサポートしてくれている。

佐川町の森林面積は、町の約7割を占める。林業は欠かせない産業でありつつ、年々進む高齢化により、担い手不足が続いていた。
そうした課題を解決するために、12年前に導入されたのが「自伐型林業」だった。
「自伐型林業は、50年、100年先を見据えて価値のある山を育てていく林業です。間伐を中心におこなうことで、山の環境を守りながら手を入れていきます。作業道も自分たちでつくるので、災害にも強い道ができるんです」
「使うのは、バックホーやダンプなどの小型重機。初期投資が抑えられ、個人でも始めやすいことから、未経験者にとってもハードルが低く参入しやすいんです」

新たな担い手を育成するために、2014年に地域おこし協力隊制度を導入。今年で11期目を迎え、20名ほどの卒業生が町内で林業に携わっている。
任期終了後の定着率が高いことも佐川町の特徴のひとつ。
その理由の大きなひとつは、行政の手厚いサポート。独立に向けて必要な資格の取得は、協力隊活動費で賄うことができる。
また、卒業後も機材を少額でレンタルすることが可能。ほかにも、作業道を1mつくるごとに上限2,000円、1haの間伐ごとに11〜18万円程度が補助金として助成される。
「独立して大きな壁になるのが、施業する山を見つけること。移住者は知り合いが少ないぶん、難しいんですよね。なので、行政が森林管理をさせてもらえる山の集約を進めています」
「協力隊の任期中は、間伐や作業道づくりの練習を町有林で実践していて。卒業後は、集約した山の整備を行政から委託しています」
卒業生のなかには、任期中に住民と仲良くなり、個人的に山を譲ってもらった人もいるそう。高齢の山主にとって、信頼できる人に管理を任せられるのはうれしいこと。
ほかにも佐川町では、「佐川おもちゃ美術館」や「さかわ発明ラボ」など、伐った木を活かす事業も展開している。ウッドマイザーと呼ばれる製材機も設置され、自ら木を加工することもできるのだとか。

「自分で伐った木を使って木工作家をしている方もいらっしゃいますよ。ほかにも、農業をしたり古本屋兼カフェを営んだり、自分の好きなことと組み合わせながら暮らしている人が多いですね」
どうして兼業する人が多いんでしょうか。
「施業面積や山の状態によって収入に差が出るため、林業一本で生計を立てるのではなく、ほかの仕事と組み合わせる人が多いんです」
「施業する人手も少なく済むので、スケジュールの融通も効きやすい。自分の生活に合わせて林業にあてる割合を決められますよ」
どんなふうに働いているんだろう。
役場の方に案内してもらい、斗賀野(とがの)地区へ。
山道を車で登っていくと、一輪車を持つ人が立っている。何の作業をしているんだろう。

作業を止めて、迎えてくれたのは滝川さん。自伐型林業の協力隊1期生で、移住して11年目。佐川町に来るまでは、東京の出版社で編集者として8年間働いていた。
「いまは側溝の掃除をしていました」、と教えてくれる。

「この作業をしているとき、いつも考えることがあるんです。ここ、土が湿っているでしょう。木の葉が落ちて雨に濡れ、ミミズが集まって糞をして、菌糸が育っていく。これが腐葉土になって、畑にも使えるくらいのいい肥料になるんです」
「湿った土って大事で、元気な木が育つヒントがここにある。一気に皆伐すれば楽で儲かるけれど、太陽が当たると土が乾いて栄養が抜けてしまう。それって本当にいいことなのか… って、一人でよく考えるんですよね」
聞いているだけで、学びがあります。
「それこそ最近は、町の教育委員会から依頼があって、小学生に向けて山を歩きながら自然学習もおこなっていますよ」

現在、滝川さんが手入れしているのは、町が山主から集約した森の一部。
この斗賀野地区にある山も、約100haあるうちの35haほどを委託され、作業道をつくりながら、少しずつ間伐を進めている。この山は、協力隊時代の同期と2人で施業しているんだそう。
ここ数年は、年間100日ほど山に入りつつ、本づくりにも取り組んできた。
「今年の7月に出版するんです。協力隊のときにお世話になった林業家さんの人生を追った一冊で、4年半かけてまとめました」

編集の仕事は好きだったものの、東京で働いていたときは、夜中まで作業する日も多かったという滝川さん。
「大学の先輩がたまたま⾃伐型林業推進協会の事務局⻑で。『自伐型』っていう言葉に惹かれたんですよね。面白そうだし、改めて暮らしを見つめ直そうと、移住を決めました」
「でも手厚いサポートがあるからこそ、自分で考えて動く姿勢が必要です」と滝川さん。
「町が山を集めて施業場所を確保してくれている。普通なら、移住者が地元の山主さんに何度も会いにいって、信頼を得てお願いしていくもの。そのありがたさを知ったうえで、自分から動かないと独立したあとに困ると思うんです」
未経験から始めて、いまでは草木染めのワークショップを開催したり、伐った木で椅子やカウンターを製作し、東京のインテリアショップに納品したり。
林業を軸にして、教育やものづくりとも組み合わせて活動してきた。
「自分にとって林業は、『森を編集すること』、なんですよね」

「いま目の前にある細い木でも、自分よりずっと長く生きる。そういう圧倒的な時間をつなげていく仕事をしている感覚で。それがやりがいでもあり、たくさんの人に伝えて、山の自然を守りたい。間伐することも、自然学習も、本づくりも、そのための種まきなんです」
「まだちゃんと稼げているとは言えないけれど、皆伐して手っ取り早く稼ぐことはしたくない。次につなげられるように残しておきたいって思うんです」
どの取り組みも、すぐに結果が出るわけではない。けれど、時間をかけて自分がいいと思えることを続けていく姿は、新しくこの道に入る人にとって、大きな支えになると思う。
「滝川さんのさまざまな活動をきっかけに、佐川町に移住した人もいるくらい、活躍されている先輩なんです」
そう話すのは、協力隊2年目の宮﨑さん。
地元の東京から沖縄の大学へ進学。日本画を専攻し、沖縄の樹木をモチーフに描いたことをきっかけに、植生に興味を持ち、林業についても知りたいと思うように。
調べてたどり着いたのが、佐川町の自伐型林業だった。

昨年度、2人の協力隊が卒業し、現役生は宮﨑さんひとり。これから入ってくれる人の身近な先輩だ。
協力隊2年目、今はどんな作業をしているんでしょう。
「1ヶ月のうち1週間ほど作業道をつくって、それ以外は、滝川さんやほかのOBさんの現場で間伐を手伝っています」
「作業道づくりは、初めは1日頑張っても3mくらいでしたが、今は10〜15mほど進められて、伐るスピードも速くなってきました」
道のないところは、作業道づくりからはじまる。
支障木をチェーンソーで伐採し、小型重機で土を掘り起こして道を整備していく。掘り起こした土を踏み固め、地盤がゆるいところは伐った木を組み重ねて土台をつくる。そうしてできた作業道を使い、間伐した木を搬出するまでが一連の流れ。
施業する際は、協力隊のOBのほか、県外のプロ講師も指導してくれる。
サポートがあるとはいえ、女性が施業する大変さはあるのではないでしょうか。
「もちろん体力は必要なのですが、重機を使用したり、てこの原理を使ったり、工夫次第で女性でも重い丸太を持ち上げることができて、無理なく施業できますよ」

この2年で、知識が増えて山を見る目も変わってきたという。
「施業する山によって土壌の状態も違って。たとえば、棚田のある山は水が溜まりやすいので、水分過多になって木の芯が腐っていることが多かったり、苔が生えているところは、地盤がしっかりしていたり」
「修行の身なのでまだまだですが、『この山はどういう状態なのか』少しずつ予測できるようになってきました」
協力隊の任務のほか、自らも学びに行っている。
「役場の方も『学びになることであれば』と、いろいろ挑戦させていただいて。最近は、徳島の林業家さんが主催している生物ガイドツアーに参加させてもらって。地中にある菌が木の生育に大きく関わっていることなど、ものすごく学びになりました」
今年の5月には、県外の芸術祭で絵を展示した宮﨑さん。さらに個展の開催も決まっているという。

自立に向けて少しずつ、そして、楽しみながらのびのびと活動しているのが伝わってくる。
「一つのことで食べていかなくてもいいと思えるのが、自伐型林業のいいところ。農業みたいに毎日お世話をしなくていい。たとえば、この1週間は絵を描きたいから山での作業はお休み、ということもできる。そんな自由さがあるんですよね」
「暮らしの面でも、初めは若い自分が地元の林業家さんと馴染めるか不安でした。でも佐川町には、すでに移住して自伐型林業を進めている先輩がたくさんいて、信頼されている。なので『来てくれてありがとう』ってすんなり受け入れられる土壌ができていると思います」
ひたすら木を伐り続けるだけでなく、ときには木工や絵、本づくりなど、ちょっと違う世界に飛び込んでみる。
そこで生まれたものが誰かに届いて、山と人とをつなぐ新しいきっかけになるかもしれません。
林業に興味があるけれど、少し遠い世界に感じていた人も。自然のそばで、自分の暮らしをつくってみたい人も。
佐川町でなら、山と自分なりの関わり方を見つけられると思います。
(2025/06/20 取材 大津恵理子)


